「タマくん……そんな……もう、なにがどうなってるの……?」

 封印のこと、いなくなった幼馴染み……一度に抱えるには重すぎる真実。

タマくんが去ったあと、この場に残ったのは疑念という息苦しい空気だけだった。

「俺も、美鈴の屋敷に張られとった結界のことは気になってました。所長、魚谷が言うとったこと、説明してもらえますか」

 釈然としないという態度を隠しもせず、光明さんは上司に真っ向から対峙する。

江永さんは事情を知っているのかいないのか、どちらともとれない憂わしげな表情でふたりを見守っていた。

「光明、あれはあやかしの虚言だよ。それとも、上司ではなく彼を信じるの?」

「……魚谷は食えへんやつに変わりはあらしまへんが、美鈴のことに関しては誠実です。それに、美鈴が信じとった相手の言葉が、すべて嘘やと決定づける根拠もあらへん」

 強く言い返す光明さんは、私の腰に腕を回し、引き寄せた。

そして、小声で「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)……」と唱え、素早く印を切る。

「──喰迷門、急急如律令!」

 私たちの足元に喰迷門が現れ、ゆっくりと口を開く。所長さんの顔から、さっと笑みが消えた。

「光明、なんのつもりだ」

「……所長の目的も、魚谷の目的も見えへん状況で、美鈴が封印されるかもしれへん。俺にはなにが正しいんかわからへんさかい、自分がしたいことをします」

 私を抱き寄せている光明さんの腕に、力がこもった。

「美鈴は俺に未来をくれた。その恩は、命を守るだけでは返しきれへん。おつりがくるくらいだ」

「……っ、なんで……」

 なんで光明さんは、私が欲しい安心感をこんなにもくれるのだろう。

封印されなければいけないほど、私はこの世界にいてはならないのだと悲しかった。

ずっと一緒にいた幼馴染みは、何十年も大きな秘密を打ち明けてくれないまま、最後には私の前からいなくなった。

惨めで拠り所もなくて、やっぱりひとりになった私に残ったのは……光明さんだった。

「帰るぞ、みんなが待ってる」

「帰る……」

「そうや、あそこはもうお前の家やろ。お前が拾うてきた狸のペットもおるし、ちゃんと面倒を見ろ。世話放り出して、勝手に封印なんかされたら許さへんで」

 私に気を使わせないための毒舌。光明さんの優しさに触れて心が晴れ渡るのを感じ、今度は熱い涙が込み上げてきた。

 ずっと鼻を啜りながら、私は光明さんにしがみつく。

「帰りたい……光明さんと、みんなのところに……っ」

「ああ、連れ帰ったる」

 後頭部を撫でられ、私は目を閉じる。その瞬間、私たちの身体は喰迷門に吸い込まれるようにして、落ちていった。