「きみは人間社会の中では生きられない。俺たちと、あやかしの中で暮らすんだ」

「それは……できないよ。私がいなくなったら、光明さんの呪いはどうなるの?」

「そんな陰陽師のことなんて、どうでもいい!」

 大声をあげたタマくんに、私はびくっと肩を震わせる。タマくんがこんなに感情を露わにするのは、初めてのことだった。

「またきみは、その男に翻弄されて破滅する気なのか!?」

「またって……ねえ、タマくん。タマくんはまだ、私になにかを隠してる? 私は……隠し事をされたまま、タマくんと一緒には行けないよ」

 光明さんのことも、どうでもいなんて思えない。私の好きな人の、命に関わることなのだから。

「……わかった。きみの心の準備ができていないのなら、無理強いはしない。けど、すぐに思い知るはずだ。きみは完全なあやかしになりかけている。ここにいる陰陽師からも狙われる。そして気づくんだ、きみの居場所はここにはないんだってことを」

 その言葉は、私の心に影を落とす。タマくんは私に背を向け、部屋を出ていこうとした。

「タマくん、どこへ行くの?」

 遠くなる背中に声をかければ、タマくんは足を止めて、少しだけこちらに顔を向ける。  

「ひとつだけ忠告しておく。そこの所長は俺が美鈴の従者だって、出会ったときから知ってたよ」

「え……」

 でも、陰陽寮で初対面したときは、面識なさそうだったのに……。自己紹介だって、していたはずだ。

「俺も、所長さんとは面識があった。なんせ、美鈴の屋敷に結界を張って、美鈴と安倍さんを会わせないようにしていたのは……所長さんだからね」

「なんやと?」

 光明さんと私は、所長さんを振り返った。

当の本人は飄々とした微笑を浮かべたままで、その真意を図るのは難しい。

 光明さんの事情を知っていて、私と会わせなかったのだとしたら……。所長さんは、光明さんが死んでも構わないと思っていたってこと?

「ばあちゃんが呼んだ陰陽師っていうのが所長さんなんだ。美鈴が猫憑きだって言ったあの日、所長さんは屋敷に結界を張った。俺も利害の一致で、結界のことは黙っていた。俺たちは協力関係にあったんだよ」

 次々と聞きたくない事実を聞かされて、頭が重たくなってくる。脳が考えるのを拒否しているみたいに、ぐわんぐわんとめまいがしてきた。

「その話が本当なら……私にまで黙って、所長さんとなにを企んでたの?」

「それを知りたいなら、俺のところに来るか、所長さんに直接聞くといい。とにかく美鈴、人間を信じすぎるな」

 そう言って、去っていこうとするタマくんを「行かないで!」と呼び止める。

けれどもタマくんは、ボンッと大きな猫又へと姿を変える。

そして、取り押さえようとしてくる陰陽師たちを突き飛ばしながら、オフィスの窓を突き破って空へと飛んでいってしまった。