「もう、やめて……っ」

 両手で耳を塞ぎ、座り込む。でも、声は私を追い詰めていって……。

 ──必要とされないことに嘆かなくたっていいんだよ。私を受け入れない人間は、魔性の瞳で従わせてしまえばいいんだから。

 そこひと言でプツンッと、私を繋ぎ止めていた糸が切れてしまったような気がした。

「そうだよ……どうして、私が悩まなきゃいけないの?」

 私を排除しようとする人間から、思考を奪ってしまえばいい。

物心ついたときからずっと悩んでいたのに、答えが見つかるとこんなにも世界がクリアに見えるものなのか。

 視界から闇が取り払われ、私はまたあの所長室に戻ってきていた。

 簡単なことだった。異質なものを嫌って、社会の枠から除外しようとする人間が悪いんだから、私が引く必要はない。

「人間は、本当に自分勝手。自分に正義があるって信じきって、自分の価値観から外れたものを毛嫌いする」

「美鈴さん? まさか、前世の意識に乗っ取られて……?」

 江永さんがこちらに足を踏み出すのを、「そこにいなさい、比呂」と所長さんが止める。

いつになく丁寧な口調に事の深刻さを感じ取ったのか、江永さんは引き下がる。

「ハエを叩くみたいに簡単に、あやかしを駆除しようとする。ただ、あやかしってだけで、なにもしてないのに害を及ぼすって決めつけて……」

 震える拳を握り締めれば、ぶわっと膨れ上がる妖力。耳と尻尾が出て、いっそう周囲の音が拾えた。

 ああ、聞こえる……。

『所長室に入っていったの、例の猫憑きらしいぞ』

『人を従わせられるなんて、人間じゃないよな。恐ろしいあやかしだよ』

 私を罵る人間たちの声が……。

「煩わしい……お願いだから、静かにしてよ……っ」

 耳を押さえて叫べば、バリンッと妖気が波動となって窓ガラスを割った。

私を中心に風が吹き荒れ、室内の家具が次々と倒れていく。

「この妖気はなんや!」

 バタンッと大きな音を立てて扉が開き、光明さんが中に入ってきた。

その後ろから、「所長、ご無事ですか!」と他の陰陽師まで駆けつけてくる。

 みんなが、私を討ちに来たんだ。怖い……怖いよ……っ。

 不安になればなるほど、妖気を纏った風は強く吹きつけた。

 光明さんは妖気の発生源が私だとすぐに気づいたのだろう。

「なにがあった?」と落ち着かせるように、柔らかな声音で私に尋ねてくる。

 光明さんだ……光明さんなら、私の味方になってくれる。そう安堵しかけたとき──。

『味方になってくれる? 光明さんだって陰陽師なのに?』

 また、もうひとりの自分の悪魔の囁きが頭の中でこだました。