「あやかし憑きは本来、人間の身にあやかしが憑いて巣くうことを言うんだ。けど、美鈴ちゃんの場合は少し異例でね」
湯のみに口をつけ、ズズッと涼しい顔で激辛のお茶を啜る所長さん。その仕草のひとつひとつに、びくびくしてしまう。
「人間の身であやかしの力を使えば、普通は身体のほうが悲鳴をあげる。けど、きみの魂は猫又で、身体は人間……いわば、あやかしと人間のハーフみたいなものだ」
「は、ハーフ……?」
人間とあやかしの中間ってことだろうか。困惑していると、江長さんが「補足しますと」と付け加える。
「肉体は魂の器でしかないのです。力関係でいえば、人間の肉体よりもあやかしの魂のほうが優位。つまり、人間の身体を持ったあやかし……というのが、今の猫井さんです」
「私の本質は、あやかしってことですか?」
「そうです。力を使うたびにダメージがあったはずの身体は、この間、力を開放したことで力の負荷に耐えられるように作り替えられたと考えられます」
次から次へと突きつけられる情報に、頭がパンクしそうだった。話を聞いていたタマくんは、「……はあ」と息を吐く。
「回りくどいな、はっきり言ったらどうなんだ。美鈴は、完全なあやかしになりかけてるって」
「私が……完全なあやかしに……」
そうなったら、私はどうなるの?
長命になったりしたら、もう知り合いには会えない。だって、歳をとるスピードが変わるんだから。
陰陽師から狩られる対象になったら? 人の社会では、もう生きていけないかもしれない。
「そうだよ、そこの従者……じゃなかったね。幼馴染くんが言うように、美鈴ちゃんは完全なあやかしになりかけている。とはいえ、まだ人間だ。人間の身で強力な妖力は制御しきれない。……遠くない未来に暴走する」
「暴走……この間みたいに、無意識に私がみんなを操ってしまうかもしれない……」
「そういうことになる。だから、言いにくいんだけどね……」
所長さんは一拍置いて、静かに告げた。
「──きみを封印しなければならない」
どくんっと鼓動が嫌な音を立てた。冷水を頭から浴びたように、身体中から体温が奪われていく。
「あやかしになれば、たとえ元が人間だろうと、人間に害なす者としてきみは討伐対象になる。けれど、きみが死ねば光明も呪約書の呪いで命を落とすことになる。だから、きみを生かしたまま眠らせ、生涯を終えてもらう」
受け入れたくない事実から逃避するためか、所長さんの声が遠くなった。
私が討伐……。両親から浴びせられてきた化け物という蔑称も、間違いじゃなかったかもしれない。私は……本当に人間に害をもたらす存在だった。
「私は……化け物……」
ひたひたと心に近づいてくる闇。急に周りから風景が消えて、視界は黒一色に塗りつぶされていく。
私は存在してはいけなかった……? 私はあやかし憑きになりたくて、なったわけじゃないのに……ただ生きてるだけでも害なの?
心の中の問いに、答えが返ってくるはずはない。なのに……。
──害に決まってる。
「誰なの!?」
私は立ち上がって、周囲を見回した。所長室にいたはずなのに、私はあの夢みたいに漆黒の中にいる。
──猫に化ける人間が、社会に受け入れられるわけがないでしょ。
ふわっと目の前に白い光が灯る。そこには……私がいた。
愛想笑い、明るいふりをするのが得意な私とは正反対の、陰鬱な面持ちをした私が。
──あやかしでも人間でもない、曖昧な存在。どちらにもなれないから、どちらにも必要とされない、歪な生き物。
湯のみに口をつけ、ズズッと涼しい顔で激辛のお茶を啜る所長さん。その仕草のひとつひとつに、びくびくしてしまう。
「人間の身であやかしの力を使えば、普通は身体のほうが悲鳴をあげる。けど、きみの魂は猫又で、身体は人間……いわば、あやかしと人間のハーフみたいなものだ」
「は、ハーフ……?」
人間とあやかしの中間ってことだろうか。困惑していると、江長さんが「補足しますと」と付け加える。
「肉体は魂の器でしかないのです。力関係でいえば、人間の肉体よりもあやかしの魂のほうが優位。つまり、人間の身体を持ったあやかし……というのが、今の猫井さんです」
「私の本質は、あやかしってことですか?」
「そうです。力を使うたびにダメージがあったはずの身体は、この間、力を開放したことで力の負荷に耐えられるように作り替えられたと考えられます」
次から次へと突きつけられる情報に、頭がパンクしそうだった。話を聞いていたタマくんは、「……はあ」と息を吐く。
「回りくどいな、はっきり言ったらどうなんだ。美鈴は、完全なあやかしになりかけてるって」
「私が……完全なあやかしに……」
そうなったら、私はどうなるの?
長命になったりしたら、もう知り合いには会えない。だって、歳をとるスピードが変わるんだから。
陰陽師から狩られる対象になったら? 人の社会では、もう生きていけないかもしれない。
「そうだよ、そこの従者……じゃなかったね。幼馴染くんが言うように、美鈴ちゃんは完全なあやかしになりかけている。とはいえ、まだ人間だ。人間の身で強力な妖力は制御しきれない。……遠くない未来に暴走する」
「暴走……この間みたいに、無意識に私がみんなを操ってしまうかもしれない……」
「そういうことになる。だから、言いにくいんだけどね……」
所長さんは一拍置いて、静かに告げた。
「──きみを封印しなければならない」
どくんっと鼓動が嫌な音を立てた。冷水を頭から浴びたように、身体中から体温が奪われていく。
「あやかしになれば、たとえ元が人間だろうと、人間に害なす者としてきみは討伐対象になる。けれど、きみが死ねば光明も呪約書の呪いで命を落とすことになる。だから、きみを生かしたまま眠らせ、生涯を終えてもらう」
受け入れたくない事実から逃避するためか、所長さんの声が遠くなった。
私が討伐……。両親から浴びせられてきた化け物という蔑称も、間違いじゃなかったかもしれない。私は……本当に人間に害をもたらす存在だった。
「私は……化け物……」
ひたひたと心に近づいてくる闇。急に周りから風景が消えて、視界は黒一色に塗りつぶされていく。
私は存在してはいけなかった……? 私はあやかし憑きになりたくて、なったわけじゃないのに……ただ生きてるだけでも害なの?
心の中の問いに、答えが返ってくるはずはない。なのに……。
──害に決まってる。
「誰なの!?」
私は立ち上がって、周囲を見回した。所長室にいたはずなのに、私はあの夢みたいに漆黒の中にいる。
──猫に化ける人間が、社会に受け入れられるわけがないでしょ。
ふわっと目の前に白い光が灯る。そこには……私がいた。
愛想笑い、明るいふりをするのが得意な私とは正反対の、陰鬱な面持ちをした私が。
──あやかしでも人間でもない、曖昧な存在。どちらにもなれないから、どちらにも必要とされない、歪な生き物。