「ちょっと、行ってくるね」

「うん、行ってらっしゃい」

 タマくんの考えを追及することも忘れ、私は光明さんのそばまで歩いて行った。横に立った私を光明さんはちらりと見やり、再び視線を屋敷に戻す。

 憎しみを忘れないために、建て直さずにいた家。

それを土蜘蛛のために立て直すと決めたのは、光明さんが憎しみよりも大事にしたいものを……未来を見つめている証だ。

「ここで憎しみの証は消えてしまうけど、いつか……もう一度ここに戻ってきて、幸せな家庭を築いて、今度はこの家を未来の幸せの証にしてあげてね」

「……そうやな。それまで土蜘蛛たちにはここを守ってもらわな。ほんで安倍晴明みたいに、あやかしと式神と人と……異文化交流上等の生活を送ってみるのも悪ないかもな」

 ジョーク交じりに未来を語る光明さんに、赤珠と水珠は顔を見合わせて笑う。

過去に囚われてきた彼を誰よりも近くで見てきたのは式神であるふたりだろうから、きっとうれしかったのだ。

 主思いの赤珠と水珠に胸がポカポカするのを感じていたら、「そのときは……」と光明さんが私に向き直った。

 改まってなんだろう、と私も彼のほうを向く。意味深な眼差しが注がれ、そわそわした。

「そのときは、お前も隣におるやろ?」

「え……」

 ──それはどう解釈すれば!?

 光明さんが語る未来は、つまりは幸せな家庭を築くことが根底にあるわけで……。

本当に愛した人と結婚して、子供を授かって……となると、かりそめの妻である私では役不足だ。

「いや、待てよ。本命の妻がいるのに、私を隣に置くってこと……? 一夫多妻制でもおっぱじめるつもり? それとも、私を猫として飼うってこ──」

「アホちゃうか」

 ずどんっと脳天に手刀が落ちてくる。一瞬、目の前に星が散った。

「痛い……脳細胞が死ぬ……」

「もともと死んでるさかい問題あらへんやろ」

「ひどい! 仮にも妻に向かって」

「俺の妻やさかい、ええんやろ」

「俺の……妻……」

 俺の隣にいろとか、俺の妻とか、光明さんの言葉はいちいち心臓に悪い。

光明さんも自分の失言に気づいたのか、気まずそうにそっぽを向く。耳がほのかに赤いのは、照れているからだろう。

「……なんや……間違うてへんやろ」

「間違ってはない、けど……」

 ドキドキして胸を押さえていると、水珠が私たちを穴が開くほどじっと凝視してくる。