「……魔性の瞳を使えば、私を従えられただろうに。人間の身だろうと、力が解放されている今のお前の力なら、私に効いたはずだ」

 心なしか呆れているような紫苑の声が頭上から降ってきた。

「それは……自分で説得したかったので……。力で従わせられるのは身体だけであって、心までは縛れません。私は……紫苑の意思で、歩み寄る道を一緒に歩いて欲しいから……」

 前世で紫苑と、どれだけ仲良かったのかはわからない。けど、同じ和平派だったのであれば、それなりに交流もあっただろう。

 だから敵対するのではなく、この先もその縁が途切れないといい。

家族であっても簡単に切れてしまう縁だ、直接話すことはなくても前世の自分のことを千年も忘れずにいてくれた彼との縁をこの先も繋げていきたい。

 でも、紫苑からは一向に返事がない。そろりと目線だけを上げると、紫苑は「はあっ」とため息をつきながら、その場に片膝をついて座り込んでしまった。

 そして、「参ったな……」と、天を仰ぐ。

「〝美鈴〟姫はなかなかに無邪気というか……愚かなほどにお人好しというか……」

 え、いきなり悪口!?
 サイドからいきなり、パンチをくらった気分だ。

「でもまあ、その純粋さに……心の氷を溶かされてしまいそうになる」

「紫苑……」

「……十年前になにがあったのか、聞きたがっていたな」

 空から光明さんに目を移した紫苑は、私たちに向き直るように座り直した。

「話してくれるんか?」

「お前は望まない真実だと思うがな」

「……ほんでも、知りたい。俺が、正しい道を進むために」

 敵対してきたあやかしと陰陽師の選択を、この場にいるみんなが見守っている。

潮が引いたように静寂が訪れ、やがて紫苑は光明さんの決意を受け取ったように頷いた。

「十年前、我々が暮らしていた北野天満宮の裏手にある塚に、術のかけられた札が貼られた。あれがすべての始まりだった」

 そうして紫苑は、十年前の真実を語り始めた。

***

 土蜘蛛の長である私も属していたあやかし七衆は、千年前のあやかし討伐の折に解体を余儀なくされた。

 頭首たちの生存も確認のしようがないまま、時は流れていき……。

 我ら土蜘蛛の一族は密かに巣を築き、数少ない同胞とともに生活していた。 

 あやかし七衆が解体したあとも、頭首であった私を頼って下級のあやかしたちが訪ねてくるのは珍しくない。

 あの日も陰陽師の結果のせいで群れからはぐれてしまったという河童を、地面にトンネルを作り、結界の向こうまで運んで群れに帰していた。

 そうして日が暮れた頃、なにも知らずに巣に帰った私が見たのは……目を覆いたくなるほどの地獄絵図だった。

『お前たち、やめないか!』

 土蜘蛛同士で食らい合い、手足をもぎ合い、窒息するほど糸を巻きつけ合う様を目の当たりにした私は、知能を失った虫けらのように、ただひたすら『やめろ』と繰り返し叫んだ。

 だが、どれだけ止めても一族の皆は仲間同士で殺し合い……。それが札のせいだとわかったときには、土蜘蛛は半数以上が死に絶えていた。