「なん、で……抵抗しないの! 光明さん……っ」

「お前が死ぬってわかっとって、抵抗なんてできるわけあらへんやろ。アホ」

 こんなときばっかり、光明さんは千年に一度しか見れないんじゃないかってくらいの笑顔を見せる。

「ずる、いよ……っ、私にばっかり、つらい重荷……背負わせるんだ……」

 なんとか糸の呪縛から逃れようと試みるけれど、私の気持ちを嘲笑うかのように、光明さんの首を強く強く締めていく手。

自分の手を切り落としてしまいたいと思っても、今の私にできることなんてなにもない。 私は無力だった。

「光明さんを死なせちゃったら……っ、私の心が死んじゃうって、思わないの……!?」

「くっ、う……かんにん、な……っ、ほんでも……こうせへんで……いられな……か、った……」

 光明さんは眉根を寄せ、顔を歪めながらも笑っていた。苦しいとも、ひと言も言わない。たぶん、私が自分を責めてしまわないように……。

「光明、さ……ん……」

 ──嫌だ、殺したくない。

「嫌……だ、嫌……っ」

 ──もう、この人の泣き顔は見たくない。

 これは誰の感情か、脳裏に夜桜の中で涙を流す光明さん似の男性の顔がちらついた。

その瞬間、カァァァッと身体が熱を持ち、身の内に眠る妖気が膨れ上がる。

 この感覚は……!
 そう思ったときには、私の口が勝手に言葉を発していた。

「──誰も、私を縛れない」

 声がさざ波のように広がる。ピキンッという音とともに土蜘蛛たちの動きが止まり、私は自分を操っていた糸を鷲掴みした。

「このようなもので、私を操ろうとは……」

 視界に入った手は猫のように鋭い爪をしている。頭とお尻には猫の耳と尻尾。

私じゃない誰かが、私の身体を乗っ取っている。この感覚には覚えがある。ポン助と出会ったときにも同じようなことがあった。

「その瞳の色……美琴姫、ようやくお出ましか」

「今は美鈴だ。私はとうの昔に死んだ」

 また美琴? 紫苑は前世で私の仲間だった。その彼が美琴と呼ぶ存在が、今私の身体を乗っ取っている……前世の私?

 混乱している私をよそに、前世の私はいとも簡単に土蜘蛛の拘束を解いてしまった。そして光明さんの首にかけていた手を、その頬に添える。

「よく似ている……あの人に……」

「お前……美鈴ちゃうな? お前は誰や。美鈴はどこにおる」

「……そんなに怖い顔をするな。安心しろ、今は彼女が危険だから表に出てきただけだ」

 愛おしそうに肌を撫で、前世の私はゆったりと紫苑を振り返った。

「さて……紫苑。人間もあやかしも同じ地上に生きる生き物だと、そう言っていた温厚なお前が……ここまで人間を憎むなんて……なにがあった」

「美琴、お前が語る私は……過去の私だ。あれから何年経ったと思っている。これまでどれだけ同胞が陰陽師に命を奪われようとも、耐えてきた。いつかは、安倍晴明のようにあやかしに理解を示す人間が現れるだろうと信じて」

 周りにいた土蜘蛛たちも、どこか悔さを堪えるような面持ちで、紫苑の話に耳を傾けていた。