『子供に自分らの尻拭いをさせるなんて情けのうてしゃあないが、今度こそ対話の道を……』
「そら、どないなことなんや! 親父、お袋!」
光明さんの疑問に答えは返ってこない。もう、逝くべきところへ逝ってしまったのだ。
『両親との二度目の別れはどうだ』
そこへ今度は、割れたような声が落ちてきた。不穏な気配を察知した私たちは、一か所に集まって周囲を見回す。
「こら……あのときの土蜘蛛か」
光明さんが殺気立ったのがわかった。じゃあ、この声の主は光明さんのご両親を殺したあやかし……!
『お前だけを生かしたのは、何度も何度も絶望を与えてやるためだ。何千年と我々が味わった絶望に比べたら、安いものだろうが』
目の前に黒く大きな影が現れ、それは徐々に人形を象っていく。
『消えぬ憎しみの分だけ、終わらぬ報復を受けよ』
影の中からずぷりと人の手が出てきた。続いて足、そして胸……土蜘蛛の全貌が現れる。
見た目は三十代ぐらいの男性だった。薄紫の長髪は糸のように細くさらさらと風になびいている。
紫水晶の瞳とアヤメの花が刺繍された藤色の着物も相まって、どこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。
綺麗な人……一瞬、女性かと思った。
つい見惚れていると、ポン助がオロオロとし始め、「お、おおおっ、長様!」と叫ぶ。
「え、長って、土蜘蛛の長? あの、あやかし七衆の!?」
土蜘蛛の男を見れば、がっつり目が合う。
「いかにも、私があやかし七衆がひとり、紫苑(しおん)。にしても……懐かしい気配だ。そこにいるのは猫又の姫か?」
あまりにも親しげに話しかけられ、私は「えっ」と瞬きする。少しだけ、土蜘蛛──紫苑から敵意が薄れた気がした。
「だが、おかしいな……少し、人間の匂いがきつい。お前は……なんだ?」
着物の袖で鼻を覆い、怪訝そうに紫苑は目つきを鋭くする。背中にひやりとしたものが走り、生きた心地がしない。
紫苑はしばらく私を視線で吟味したあと、猫又の姿をしたタマくんに長し目を送った。
「おやおや……従者もおるのか。よく化けて……これはなんの余興か」
ふっと笑う紫苑に、光明さんが「お前に聞きたいことがある」と切り込む。
「十年前、土蜘蛛と陰陽師との間になにがあった。話を、真実を聞かせてくれへんか」
親の敵に『真実を聞かせてほしい』と尋ねるのは、相当の葛藤があっただろう。
でも、光明さんは憎しみを繰り返すよりも、未来のために歩み寄る道を選んだ。それは長年の生きる目的だった憎しみを捨てることになる。
光明さんにとっては、半身をもがれるような苦痛を伴ったはずだ。だから、その光明さんの選択は尊い。
「そら、どないなことなんや! 親父、お袋!」
光明さんの疑問に答えは返ってこない。もう、逝くべきところへ逝ってしまったのだ。
『両親との二度目の別れはどうだ』
そこへ今度は、割れたような声が落ちてきた。不穏な気配を察知した私たちは、一か所に集まって周囲を見回す。
「こら……あのときの土蜘蛛か」
光明さんが殺気立ったのがわかった。じゃあ、この声の主は光明さんのご両親を殺したあやかし……!
『お前だけを生かしたのは、何度も何度も絶望を与えてやるためだ。何千年と我々が味わった絶望に比べたら、安いものだろうが』
目の前に黒く大きな影が現れ、それは徐々に人形を象っていく。
『消えぬ憎しみの分だけ、終わらぬ報復を受けよ』
影の中からずぷりと人の手が出てきた。続いて足、そして胸……土蜘蛛の全貌が現れる。
見た目は三十代ぐらいの男性だった。薄紫の長髪は糸のように細くさらさらと風になびいている。
紫水晶の瞳とアヤメの花が刺繍された藤色の着物も相まって、どこか妖艶な雰囲気を漂わせていた。
綺麗な人……一瞬、女性かと思った。
つい見惚れていると、ポン助がオロオロとし始め、「お、おおおっ、長様!」と叫ぶ。
「え、長って、土蜘蛛の長? あの、あやかし七衆の!?」
土蜘蛛の男を見れば、がっつり目が合う。
「いかにも、私があやかし七衆がひとり、紫苑(しおん)。にしても……懐かしい気配だ。そこにいるのは猫又の姫か?」
あまりにも親しげに話しかけられ、私は「えっ」と瞬きする。少しだけ、土蜘蛛──紫苑から敵意が薄れた気がした。
「だが、おかしいな……少し、人間の匂いがきつい。お前は……なんだ?」
着物の袖で鼻を覆い、怪訝そうに紫苑は目つきを鋭くする。背中にひやりとしたものが走り、生きた心地がしない。
紫苑はしばらく私を視線で吟味したあと、猫又の姿をしたタマくんに長し目を送った。
「おやおや……従者もおるのか。よく化けて……これはなんの余興か」
ふっと笑う紫苑に、光明さんが「お前に聞きたいことがある」と切り込む。
「十年前、土蜘蛛と陰陽師との間になにがあった。話を、真実を聞かせてくれへんか」
親の敵に『真実を聞かせてほしい』と尋ねるのは、相当の葛藤があっただろう。
でも、光明さんは憎しみを繰り返すよりも、未来のために歩み寄る道を選んだ。それは長年の生きる目的だった憎しみを捨てることになる。
光明さんにとっては、半身をもがれるような苦痛を伴ったはずだ。だから、その光明さんの選択は尊い。