「その灰は親父とお袋のもんや。見送らせてな」

 火は光明さんを傷つけない。赤珠がそうしているのか、屍だけを灰に還していく。

 ご両親との最後の逢瀬を見守っていると、光明さんの後頭部にはお父さんの手が、背にはお母さんの手が回った。

「大きなったな、光明」

「え……」

 厳格で芯の通った響きがある男性の声に、光明さんは信じられないといった様子で目を見張る。

「ええ男になったわね。若い頃のおとんにそっくりちゃうん?」

 続いて少し無邪気さのある女性の声がして、光明さんは顔を上げた。屍でしかないはずのふたりが、唇をほころばす。それは人間らしい微笑みだった。

「ほんまに親父とお袋……なのか?」

「ああ、どないな形であっても、成長したお前に会えるのは嬉しいもんやな」

 お父さんは、わしゃわしゃと光明さんの頭を掻き混ぜるように撫でる。

「……っ、寂しい思いをさせて、かんにんな……。しんどかったやろう、あないな形で私たちがいーひんようになって……」

 光明さんを抱きしめる腕に力を込めたお母さんは、涙ながらに「かんにんな……」と何度も謝っていた。

「せっかく会えたのに、また別れるなんて……ふたりはせっかちやな」

 悲しみを冗談の内側に閉じ込め、光明さんが口角を上げると、お父さんも息子によく似た控えめな笑みを浮かべる。

「せっかち? そこは『いらち』だろ。言葉遣いが都会に染まってるな」

「東京に移り住んで七年も経ってるさかいな。親父とお袋の京都弁も、じいさんとばあさんからうつった京言葉も、都会の言葉も……全部、俺の一部になってる。そやさかい、たとえここで親父とお袋と別れることになっても、ふたりの存在は俺の言葉となって、価値観となって、知恵となって、ともに生きていくんや」

 「そうか」と真綿で包むように柔らかな相槌を打つ、ふたりの笑顔が灰になって消えていく。お別れの時が刻一刻と迫っていた。

「まだ……まだ、話したいことぎょうさんあるのに!」

 泣き叫ぶ光明さんの頬に、ふたりは手を添える。

「私たちも、あなたがどないなふうに大人になっていったのか、聞きたいことぎょうさんあるわ。どないなお嫁さんをもらうのか、孫の顔も見たかった」

「そやけど、もう時間や。凛と胸を張れる生き方をしろ。俺らにはできひんかったさかい、お前には後悔のあらへん人生を歩んでほしい」

 触れていた手がさらさらと風に攫われ、最後に残ったふたりの口が「さよならだ」と声を揃えて別れを告げた。

「──水よ……」

 水珠が雨を降らすように、雫を空から優しく落とす。吹き飛んでいきそうになった灰は、雨に濡れて落ち、大地の一部となった。 

『よう聞いて、すべては私たちが招いたこと』

 どこからか、光明さんのお母さんの声がこだまする。私たちが天を仰いで耳を傾けていると、今度はお父さんの声が。