過去に別れを告げるように目を閉じ、光明さんは指で印を切っていく。
「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(ちん)・列(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)……悪いな、ふたりとも──」
光明さんの顔が切なげに歪んだのは一瞬。瞼を持ち上げた光明さんの眼光はまっすぐご両親に注がれていて、揺らがない決心を感じた。
「思業(しぎょう)式神! 水珠、赤珠、急急如律令!」
五芒星が目の前の空間に現れ、そこから水珠と赤珠が飛び出してくる。
「「主の命により、参上いたしました!」」
綺麗に重なった声が高らかに響いた。スタッと地面に着地したふたりは、主──光明さんの前に片膝をついて首を垂れる。
「「光明様、なんなりとご命令を」」
「……赤珠、お前の炎であの屍を焼き尽くし、灰に戻せ。ほんで水珠、お前の水で大地に還すんや。頼めるか?」
「「承知いたしました」」
光明さんの前に立ったふたりが、同時に手を前に突き出した。「はあっ」と赤珠が炎を繰り出し、タマくんを捕らえていた糸を焼き切る。
「光明、ドウシテェェェェェェッ」
「親ヲ殺スノカ……!」
お父さんとお母さんの屍が飛びかかってきた。それを「燃えろ!」と赤珠が炎で包み込む。
隣から「くっ」とうめき声が聞こえて、横を向いた途端──私は胸を抉られるような痛みに襲われた。
いつものクールな表情は崩れ、光明さんは眉間にしわを寄せ、唇を歪に引き結び、涙を流している。それでも焼かれるふたりから目を逸らさない。
ご両親を炎に焼かれて失った光明さんが、今見ている光景は……過去の再来ともいえる。
ふと前に赤珠と水珠の名前の由来を聞いたときのことを思い出した。
火と水からもじったのだと話していたけれど、赤珠の名前は『火』の文字が使われていない。
なんで『赤』にしたんだろうと思っていたが、光明さんが『火』の文字を避けたのは、彼の大事なものを奪ったものだったからだ。
でも、そこが矛盾している。火が怖いのなら、そもそも火を扱える式神なんて生み出さないはずだ。
なのに光明さんは、火の式神を生み出した。
これは無意識に過去を忘れてはいけない、そして乗り越えなくてはいけないと、そう光明さんが前に進むことを望んでいたからなんじゃないかと思う。
「親父とお袋は……十年前に死んだ。なんぼおんなじ姿をして、俺を惑わそうとしても、もう俺の心は迷わへん。それにな、俺の記憶の中の親父とお袋は、自分の命可愛さにみっともなく助けを乞うような真似はしいひん。ただ……」
ご両親のもとへ歩いていき、光明さんは躊躇せず炎の中に手を突っ込む。そして、ふたりの身体を抱きしめた。
「臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(ちん)・列(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)……悪いな、ふたりとも──」
光明さんの顔が切なげに歪んだのは一瞬。瞼を持ち上げた光明さんの眼光はまっすぐご両親に注がれていて、揺らがない決心を感じた。
「思業(しぎょう)式神! 水珠、赤珠、急急如律令!」
五芒星が目の前の空間に現れ、そこから水珠と赤珠が飛び出してくる。
「「主の命により、参上いたしました!」」
綺麗に重なった声が高らかに響いた。スタッと地面に着地したふたりは、主──光明さんの前に片膝をついて首を垂れる。
「「光明様、なんなりとご命令を」」
「……赤珠、お前の炎であの屍を焼き尽くし、灰に戻せ。ほんで水珠、お前の水で大地に還すんや。頼めるか?」
「「承知いたしました」」
光明さんの前に立ったふたりが、同時に手を前に突き出した。「はあっ」と赤珠が炎を繰り出し、タマくんを捕らえていた糸を焼き切る。
「光明、ドウシテェェェェェェッ」
「親ヲ殺スノカ……!」
お父さんとお母さんの屍が飛びかかってきた。それを「燃えろ!」と赤珠が炎で包み込む。
隣から「くっ」とうめき声が聞こえて、横を向いた途端──私は胸を抉られるような痛みに襲われた。
いつものクールな表情は崩れ、光明さんは眉間にしわを寄せ、唇を歪に引き結び、涙を流している。それでも焼かれるふたりから目を逸らさない。
ご両親を炎に焼かれて失った光明さんが、今見ている光景は……過去の再来ともいえる。
ふと前に赤珠と水珠の名前の由来を聞いたときのことを思い出した。
火と水からもじったのだと話していたけれど、赤珠の名前は『火』の文字が使われていない。
なんで『赤』にしたんだろうと思っていたが、光明さんが『火』の文字を避けたのは、彼の大事なものを奪ったものだったからだ。
でも、そこが矛盾している。火が怖いのなら、そもそも火を扱える式神なんて生み出さないはずだ。
なのに光明さんは、火の式神を生み出した。
これは無意識に過去を忘れてはいけない、そして乗り越えなくてはいけないと、そう光明さんが前に進むことを望んでいたからなんじゃないかと思う。
「親父とお袋は……十年前に死んだ。なんぼおんなじ姿をして、俺を惑わそうとしても、もう俺の心は迷わへん。それにな、俺の記憶の中の親父とお袋は、自分の命可愛さにみっともなく助けを乞うような真似はしいひん。ただ……」
ご両親のもとへ歩いていき、光明さんは躊躇せず炎の中に手を突っ込む。そして、ふたりの身体を抱きしめた。