「生きてるって、おいしいものを食べておいしいって思えて、心から喜んで、誰かを愛して、幸せを感じられて……心が動くからこそ、生きてるって感じられるんじゃないかな」

「心が動くから……こそ……」

「今のお父さんとお母さんは……どう? 愛してる息子の光明さんを見て、幸せそうな顔をしてる? 本当のお父さんとお母さんは、自分の息子に危険を冒させてまで、『自分たちを助けて』なんて言う人だった?」

 私は光明さんじゃない。光明さんを止めていいのか、好きなようにさせてあげるべきなのか、なにが正しいのかわからない。

 だから、私はそっと目を閉じて、自分の心に従うことにした。

「しっかりして!」

 憔悴しきっている光明さんの頬をパシンッと叩く勢いで、両手で挟んだ。光明さんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

「光明さんが本当のふたりを見失ってて、どうするの!」

 またパシンッと光明さんの両頬を叩きながら、手で挟んだ。

「痛い……」

「痛いくらいでちょうどいい! 生きてるって感じられるでしょう!? 光明さんは今を生きてる! ふたりの分まで幸せにならないで、どうするの!」

 人に怒鳴ったのなんて、初めてかもしれない。

私は人から拒絶されないために、人懐っこいふりをして、嫌なことがあっても笑って誤魔化してきた。

だって、私のような化け物は、簡単に捨てられてしまうから。

 だけど、なんでかな。光明さんに対してだけは、いい人を演じられなかった。光明さんの言葉は、光明さんの態度は、本当の私を引きずり出す。

「悲しむなとは言わない、過去を振り返るなとも言わない、でも……光明さんは立ち止まっても、前に進まなきゃいけないの! あなたの幸せを、願ってくれてる人がいるから!」

 それは、光明さんのお父さんとお母さんであって、私も同じく光明さんの幸せを願ってる。

「俺は……ほんまに情けないな。自分が嫌になる」

「え……」

 光明さんは私の背に腕を回すと、きつく抱きしめてきた。痛いほど、でもその痛みが心地いいほど、強く。

「お前の言う通りだ。今の親父とお袋の目には、俺なんて映ってへん。ふたりなら俺の安全なんて二の次で、俺を助けようとするはずだ。あのときも……火に焼かれながら、俺に逃げろって言うとったし」

「強いご両親だね」

「ああ、そやさかい、わかる。あら……親父とお袋の皮を被った……屍や」

 光明さんは今度こそ強い決別の意思を持って、お父さんとお母さんを見据えた。

 しゃんと顔を上げている、光明さんはもう大丈夫だ。

 ゆっくりと私から身体を離して立ち上がり、光明さんは深呼吸をする。そして、指を二本立てると、静かに構えた。

「……俺は今を生きていく。そのために、過去はここに置いていく」