「光明さん、今……」
人影のことを話そうとしたら、急に光明さんが立ち止まる。
屋敷のほうを向いたまま歩いていたので、私は光明さんの背中に「ふぐっ」と顔面衝突した。
「光明さん、痛いよ……一体どうしたの?」
「……なんでここに……」
そうひと言発したきり、光明さんは絶句した。私は光明さんの背中から顔を出して、彼の目の当たりにしたものを確認する。
「あれは…… 人?」
白い着物を纏った三十代半ばぐらいの男女が立っていた。男性の髪は誰かにそっくりの夜空色で、女性の瞳は見慣れた深海を思わせる青色をしている。
「……親父とお袋や……」
光明さんの口から飛び出した呟きは、信じられないものだった。
「でも、ご両親は亡くなったはずじゃ……」
「美鈴、よく見てごらん? あのふたりの身体から、糸みたいなものが出てるだろ」
隣にやってきたタマくんが言うように、ふたりの身体からは銀色に光る糸が出ていて、目を凝らさないと気づけないほど細い。
「安倍さん、ご両親の遺体はどう処理したんだ?」
「処理もなんもあらへん。骨も残らへんほど焼かれてもうて、残ったのは灰だけや。その灰も拾う前に風に吹き飛ばされてもうたけどな」
「じゃあ、ご両親の灰は屋敷内に散らばってるってことか……」
神妙な顔つきで、タマくんは言葉を切った。
「土蜘蛛は吐いた糸で死体を操る。たとえ骨が残っていなくても、力の強い土蜘蛛ならその糸で生前の姿になるように繕うことができるんだ」
タマくんが、なんでそんなことを知ってるんだろう。
いくら博識とはいえ、今まで普通の会社員として生きていた彼が知っているはずのない知識だ。
でも、タマくんのことだから、光明さんの仕事に付き添うようになって、自分なりにあやかしについて勉強したのかもしれない。そう思い込んで、自分を納得させることにした。
「えげつない出迎えやな」
あたかも動じていないとばかりに口角を上げる光明さんだが、死んだはずのご両親と対面して、冷静でいられるわけがない。
「光明さん……」
大事な人が死んだあとも、その命を弄ばれている。 光明さんの心の中には怒りと悲しみと憎しみがない交ぜになって、暴れ回っていることだろう。
私は光明さんの服の袖を掴んだ。光明さんは一瞬だけ私に目を向け、「大丈夫や」とぎこちなく笑う。
やっぱり、光明さんも戸惑ってるんだ。ここは私たちがしっかりしないと。
そう気を引き締め直したときだった。光明さんのご両親が糸繰り人形の如く、カクカクと不自然な動きをして、勢いよくこちらに駆けてきた。
そして、こちらに手のひらを突き出すと、そこからシュルルルルルッと何本もの糸が飛び出し、私たちを襲う。
「きゃあああっ」
悲鳴をあげた私の身体が、ふいにふわっと浮く。白い煙があたりに立ち込め、それが晴れると──。
人影のことを話そうとしたら、急に光明さんが立ち止まる。
屋敷のほうを向いたまま歩いていたので、私は光明さんの背中に「ふぐっ」と顔面衝突した。
「光明さん、痛いよ……一体どうしたの?」
「……なんでここに……」
そうひと言発したきり、光明さんは絶句した。私は光明さんの背中から顔を出して、彼の目の当たりにしたものを確認する。
「あれは…… 人?」
白い着物を纏った三十代半ばぐらいの男女が立っていた。男性の髪は誰かにそっくりの夜空色で、女性の瞳は見慣れた深海を思わせる青色をしている。
「……親父とお袋や……」
光明さんの口から飛び出した呟きは、信じられないものだった。
「でも、ご両親は亡くなったはずじゃ……」
「美鈴、よく見てごらん? あのふたりの身体から、糸みたいなものが出てるだろ」
隣にやってきたタマくんが言うように、ふたりの身体からは銀色に光る糸が出ていて、目を凝らさないと気づけないほど細い。
「安倍さん、ご両親の遺体はどう処理したんだ?」
「処理もなんもあらへん。骨も残らへんほど焼かれてもうて、残ったのは灰だけや。その灰も拾う前に風に吹き飛ばされてもうたけどな」
「じゃあ、ご両親の灰は屋敷内に散らばってるってことか……」
神妙な顔つきで、タマくんは言葉を切った。
「土蜘蛛は吐いた糸で死体を操る。たとえ骨が残っていなくても、力の強い土蜘蛛ならその糸で生前の姿になるように繕うことができるんだ」
タマくんが、なんでそんなことを知ってるんだろう。
いくら博識とはいえ、今まで普通の会社員として生きていた彼が知っているはずのない知識だ。
でも、タマくんのことだから、光明さんの仕事に付き添うようになって、自分なりにあやかしについて勉強したのかもしれない。そう思い込んで、自分を納得させることにした。
「えげつない出迎えやな」
あたかも動じていないとばかりに口角を上げる光明さんだが、死んだはずのご両親と対面して、冷静でいられるわけがない。
「光明さん……」
大事な人が死んだあとも、その命を弄ばれている。 光明さんの心の中には怒りと悲しみと憎しみがない交ぜになって、暴れ回っていることだろう。
私は光明さんの服の袖を掴んだ。光明さんは一瞬だけ私に目を向け、「大丈夫や」とぎこちなく笑う。
やっぱり、光明さんも戸惑ってるんだ。ここは私たちがしっかりしないと。
そう気を引き締め直したときだった。光明さんのご両親が糸繰り人形の如く、カクカクと不自然な動きをして、勢いよくこちらに駆けてきた。
そして、こちらに手のひらを突き出すと、そこからシュルルルルルッと何本もの糸が飛び出し、私たちを襲う。
「きゃあああっ」
悲鳴をあげた私の身体が、ふいにふわっと浮く。白い煙があたりに立ち込め、それが晴れると──。