「ほんまに行くねや……」

 土蜘蛛の塚に行く私たちを、雪路さんが門の前で見送ってくれる。

「ばあさん、心配かけて悪いな。やけど、俺が決着をつけなあかんことやさかい」

「……そやな、あなたは陰陽師だもの。そやけどなぁ、わかってちょうだい。私は息子と、娘のように可愛がっとった息子の奥さんも亡くしたの。それで今度はおじいさんやろう? これで光明までいーひんようになってもうたら……っ」

 両手で顔を覆ってしまう雪路さんに、光明さんは「大丈夫や」と強く断言した。

「もう、ばあさんに置いていかれる悲しみを味わわせたりはしいひん。俺を信じろ」

「……引き取ったときはまだ十歳やったのにねえ、いつのまにこないに大人になったんやろうねえ」

 雪路さんは濡れた目尻を指で拭いながら、私やタマくんに向き直る。

「どうか、光明のこと、よろしゅうおたのもうします」

 深々と頭を下げた雪路さんに、私とタマくんも会釈を返す。

それから私たちは、光明さんが十歳まで暮らしていたという屋敷に向かった。

 石造りの外壁の向こうにある木造の屋敷は、大半が燃えてしまっていて、中の骨組みまで丸見えだった。

 門の前に立った光明さんは複雑な表情で、長く息を吐く。

「……ただいま……そう言うてええのか、わからへんな」

 今の光明さんにとってここは、憎しみを忘れないための場所であって、帰る場所ではない。

 だから、我が家だと口にするのは躊躇われるのだろう。

「ここがまた、光明さんの帰る家になるように、向き合いに来たんじゃなかった?」

「そうやな……お前の言葉は不思議やな。後ろ向きになりそうになったとき、背中を叩いてくれるみたいだ。その調子で、俺が腑抜けになったら喝を入れてや」

「お安い御用ですよ!」

 バシッと光明さんの背中を叩けば、「今ちゃう」とツッコミが返ってくる。言い返す元気があるのなら大丈夫だろう。

「ふたりとも、気を引き締めたほうがいい」

 タマくんの目は、門の中を警戒するように細められている。

「門の向こう側から、強い妖気を感じるですポン」

 ポン助も耳と尻尾をピンと立てて、気を張り詰めているようだった。

「戦いに来たわけちゃうくても、向こうは陰陽師を……特に俺を警戒してるはずだ。いきなり攻撃されることも、あるやろう。絶対にはぐれへんようにな」

 光明さんに強く頷いて、私たちは門を潜った。屋敷を囲むように広がる庭を歩き、土蜘蛛の塚を目指す。

 庭の木々や花は枯れ果て、池は濁って底が見えない。

外はあれだけ晴れていたはずなのに、この屋敷の敷地内だけ紫色の霧がかかっていた。

「これって……」

「空気が淀んでるな。これも土蜘蛛の毒の類かもしれへん。あまり吸わへんようにせえ」

 私は服の袖で鼻と口を覆い、前に進む。

土蜘蛛の塚は裏庭にあるらしいのだが、屋敷がだだっ広い上に霧のせいで歩きにくく、なかなか辿り着けない。

 目を凝らしながら、周りをキョロキョロと見回していたときだった。

壁が壊れて露になっている屋敷の中に、人影が見えた気がした。