親子丼の下ごしらえはそれほど難しくない。
鶏肉を一口大に切り、タマネギを薄くスライスし、つゆと卵を準備するだけだった。
「じゃあ、ふたりで二個ずつ卵を割って」
「はーい」
心陽がおっかなびっくり卵を割る。
殻も入らず、きれいにできた。
思い切りがいいのだろう。
かたや遥平だが……。
「……できない」
卵を何度打ち付けても、ひびは入るのだが殻が割れない。
がんばれと拓斗に励まされてやっと割れたが、細かな殻がいくつか入ってしまった。
今日は料理当番ではないのでくつろいでいた海翔が、スマートフォンを片手にやってくる。
「遥平。角に卵をぶつけるのではなく、平面に卵をぶつけた方が割れやすいとスマートフォン情報です」
その情報のおかげで二個目の卵は比較的すんなり割れた。
「できた……!」と遥平が自慢げにしている。
拓斗はその頭を撫でた。
心陽も卵の平面割りに挑戦し、こちらも難なくクリア。
拓斗が頭を撫でると、「しゃー」と猫のように威嚇された……。
「こうして四人で台所に立つと、どうしても遥平たちがやってきた日のことを思い出しますね」
と海翔が頰に笑みを浮かべる。
「あー、おにぎりをみんなでつくって食べたんだったよな」
初対面でお互いに緊張し、双子たちも空腹を素直に言えなかったのも、いまとなっては微笑ましい思い出だ。
「あのときのおにぎり、おいしかった」
と遥平がうっとりと振り返っていた。
「そうだな。ずいぶん昔のような気もするけど、ついこの前のことなんだよなぁ」
あのときのおにぎりのおいしさが、この四人の出発点だったと思う。
「きょうもおてつだいがんばる」と心陽が改めて決意した。
お味噌汁は豆腐と長ネギ、ワカメ。
炊飯器のアラームが鳴って、ごはんが炊ける。
拓斗はおもむろに底の浅い小さな鍋を火にかける。
親子丼やカツ丼などの〝アタマ〟を作る鍋で、ずばり親子鍋と言った。
その親子鍋につゆを張り、鶏肉とタマネギを入れて温めた。
ふつふつと小さな泡が立ち始める。
鶏肉にはきちんと火を通し、タマネギも甘みが出るくらいにはきちんと柔らかくした。
十分に火が通り、でもパサつかない状態を見計らって、溶き卵をかけ回す。
拓斗たち四人は少し半熟の状態が好みだから、あまり卵が固まらないように気をつけて、どんぶりのごはんの上に盛り付ける。
それを四回繰り返した。
子供たちのどんぶりは一回り小さい。
最後に先日茶碗蒸しに挑戦したときの残りの三つ葉を散らせば、出来上がりだった。
「では、最後の重大な仕上げをしてもらおう」
と、わざとらしく重々しく告げると、拓斗は三つ葉を双子たちの前に出し、四つの親子丼に散らすように命じる。
心陽と遥平が小さな手で三つ葉を散らした。
出汁の香りに、三つ葉のすっきりした香味が加わって、完成である。
「わあ」
「おー」
心陽と遥平が目を輝かせた。
みんなでテーブルについて「いただきます」。
双子たちは食べやすいようにスプーンだった。
遥平が大きめにすくって口に急ごうとして火傷する。
心陽は丁寧に自分の食べられる大きさをスプーンに取って、ふーふーしたあと口に入れた。
「どうだ?」
「おいしい」と心陽。
「おいひい」とちょっと遅れて口に入れた遥平が、ほふほふしながら答える。
鶏肉は柔らかく、それでいて肉の旨みとつゆの甘み、卵のやさしい味がよく絡んでいた。
炊きたての白いごはんと一緒に嚙みしめれば、温かくて幸せな味がする。
金色の親子丼をかき込み、味わった。
味噌汁を啜り、また親子丼を食べる。
丼物は食べやすい。
けれどもすぐになくなってしまう。
「おかわりあるからな」
と拓斗が言うと、頰一杯に詰め込んだ双子が同じ顔で頷いた。
拓斗は自分の食べる速度を落とし、双子たちがおかわりをするなら食べさせ、残るようなら自分と海翔で食べようと思う。
すぐに、まず心陽が、次に遥平が「おかわり」と丼を突き出してきた。
「おう。いっぱい食え」と拓斗が笑顔で親子丼を作る。
「そういえばあの双子の女の子たちとは仲いいの?」
「はーちゅんは、ゆなちゃんとも、えなちゃんとも、なかいいよ」
「……よーちゃんはふつう」
「遥平の方は〝普通〟というのは、さっきみたいにぱしぱしされるから?」と海翔が質問すると、遥平は首を横に振った。
「よーちゃんはおとこだから〝じょし〟がたたいてきてもだいじょうぶ。ぎゃくはしちゃだめだけど」
どうやら性別が違うから、仲良しでもなければ悪くもない、という意味らしい。
「そっか。……いじめられてたりはしないんだよな?」
と拓斗が念のために聞いた。
「だいじょうぶだよ」
拓斗はほっと胸を撫で下ろす。
「安心した」
「でもね、えなちゃんのほうがときどきだんしにいじめられるの」と遥平が告発する。
「マジかよ」
〝えなちゃん〟というのは、遥平をぱしぱししていたほうではない女の子だったな。
それにしても、由々しき事態ではないか。
「いじめっていうか、おおたってやつが、いつもちょっかい」
「それで、遥平はどうするんだ?」
「えなちゃんが、よーちゃんに『おおた、やだ』ってほうこくするの。そうしたら、よーちゃんがはーちゅんにほうこくする」
拓斗は眉根を寄せた。
「どうして心陽が出てきた?」
すると心陽が意気揚々とした顔で答える。
「はーちゅんがおおたをこらしめにいくの」
「……なるほど。遥平が〝心陽警察〟に通報するわけか」
拓斗のたとえに双子が満足げな笑みを浮かべた。
暴力はやめとけよとたしなめたが、非は向こうの男の子にあるようだし、いまのところ保育園から呼び出しがかかってもいないから〝心陽警察〟は過剰な暴力には訴えてはいないようだ。
「ゆなちゃんとえなちゃんも、はーちゅんたちとおなじなんだよ」と心陽。
「双子ってことだろ?」
「そうじゃなくて。おなじっていうか、はーちゅんたちはママがとおいけど、ゆなちゃんたちはパパがとおいんだって」
それって、と拓斗と海翔が顔を見合わせた。
「ふたりのパパはくものむこうなんだって」
「ああ……」
拓斗は少しうつむく。あの双子の家は父親が亡くなっているシングルマザーだと、心陽は言っているのだった。
拓斗が言葉を探していると、海翔が遥平の頭を撫でる。
「同じ双子同士、仲良くしてあげるんですよ?」
「うん」
遥平が当然とばかりに頷いた。
みんなごはんを食べ終わっている。
片付けてお茶にしよう――。
けれども、このときはまだ、新しい双子たちとの出会いが新しい物語になっていくことは、拓斗も海翔も、心陽たちも想像していないのだった。
鶏肉を一口大に切り、タマネギを薄くスライスし、つゆと卵を準備するだけだった。
「じゃあ、ふたりで二個ずつ卵を割って」
「はーい」
心陽がおっかなびっくり卵を割る。
殻も入らず、きれいにできた。
思い切りがいいのだろう。
かたや遥平だが……。
「……できない」
卵を何度打ち付けても、ひびは入るのだが殻が割れない。
がんばれと拓斗に励まされてやっと割れたが、細かな殻がいくつか入ってしまった。
今日は料理当番ではないのでくつろいでいた海翔が、スマートフォンを片手にやってくる。
「遥平。角に卵をぶつけるのではなく、平面に卵をぶつけた方が割れやすいとスマートフォン情報です」
その情報のおかげで二個目の卵は比較的すんなり割れた。
「できた……!」と遥平が自慢げにしている。
拓斗はその頭を撫でた。
心陽も卵の平面割りに挑戦し、こちらも難なくクリア。
拓斗が頭を撫でると、「しゃー」と猫のように威嚇された……。
「こうして四人で台所に立つと、どうしても遥平たちがやってきた日のことを思い出しますね」
と海翔が頰に笑みを浮かべる。
「あー、おにぎりをみんなでつくって食べたんだったよな」
初対面でお互いに緊張し、双子たちも空腹を素直に言えなかったのも、いまとなっては微笑ましい思い出だ。
「あのときのおにぎり、おいしかった」
と遥平がうっとりと振り返っていた。
「そうだな。ずいぶん昔のような気もするけど、ついこの前のことなんだよなぁ」
あのときのおにぎりのおいしさが、この四人の出発点だったと思う。
「きょうもおてつだいがんばる」と心陽が改めて決意した。
お味噌汁は豆腐と長ネギ、ワカメ。
炊飯器のアラームが鳴って、ごはんが炊ける。
拓斗はおもむろに底の浅い小さな鍋を火にかける。
親子丼やカツ丼などの〝アタマ〟を作る鍋で、ずばり親子鍋と言った。
その親子鍋につゆを張り、鶏肉とタマネギを入れて温めた。
ふつふつと小さな泡が立ち始める。
鶏肉にはきちんと火を通し、タマネギも甘みが出るくらいにはきちんと柔らかくした。
十分に火が通り、でもパサつかない状態を見計らって、溶き卵をかけ回す。
拓斗たち四人は少し半熟の状態が好みだから、あまり卵が固まらないように気をつけて、どんぶりのごはんの上に盛り付ける。
それを四回繰り返した。
子供たちのどんぶりは一回り小さい。
最後に先日茶碗蒸しに挑戦したときの残りの三つ葉を散らせば、出来上がりだった。
「では、最後の重大な仕上げをしてもらおう」
と、わざとらしく重々しく告げると、拓斗は三つ葉を双子たちの前に出し、四つの親子丼に散らすように命じる。
心陽と遥平が小さな手で三つ葉を散らした。
出汁の香りに、三つ葉のすっきりした香味が加わって、完成である。
「わあ」
「おー」
心陽と遥平が目を輝かせた。
みんなでテーブルについて「いただきます」。
双子たちは食べやすいようにスプーンだった。
遥平が大きめにすくって口に急ごうとして火傷する。
心陽は丁寧に自分の食べられる大きさをスプーンに取って、ふーふーしたあと口に入れた。
「どうだ?」
「おいしい」と心陽。
「おいひい」とちょっと遅れて口に入れた遥平が、ほふほふしながら答える。
鶏肉は柔らかく、それでいて肉の旨みとつゆの甘み、卵のやさしい味がよく絡んでいた。
炊きたての白いごはんと一緒に嚙みしめれば、温かくて幸せな味がする。
金色の親子丼をかき込み、味わった。
味噌汁を啜り、また親子丼を食べる。
丼物は食べやすい。
けれどもすぐになくなってしまう。
「おかわりあるからな」
と拓斗が言うと、頰一杯に詰め込んだ双子が同じ顔で頷いた。
拓斗は自分の食べる速度を落とし、双子たちがおかわりをするなら食べさせ、残るようなら自分と海翔で食べようと思う。
すぐに、まず心陽が、次に遥平が「おかわり」と丼を突き出してきた。
「おう。いっぱい食え」と拓斗が笑顔で親子丼を作る。
「そういえばあの双子の女の子たちとは仲いいの?」
「はーちゅんは、ゆなちゃんとも、えなちゃんとも、なかいいよ」
「……よーちゃんはふつう」
「遥平の方は〝普通〟というのは、さっきみたいにぱしぱしされるから?」と海翔が質問すると、遥平は首を横に振った。
「よーちゃんはおとこだから〝じょし〟がたたいてきてもだいじょうぶ。ぎゃくはしちゃだめだけど」
どうやら性別が違うから、仲良しでもなければ悪くもない、という意味らしい。
「そっか。……いじめられてたりはしないんだよな?」
と拓斗が念のために聞いた。
「だいじょうぶだよ」
拓斗はほっと胸を撫で下ろす。
「安心した」
「でもね、えなちゃんのほうがときどきだんしにいじめられるの」と遥平が告発する。
「マジかよ」
〝えなちゃん〟というのは、遥平をぱしぱししていたほうではない女の子だったな。
それにしても、由々しき事態ではないか。
「いじめっていうか、おおたってやつが、いつもちょっかい」
「それで、遥平はどうするんだ?」
「えなちゃんが、よーちゃんに『おおた、やだ』ってほうこくするの。そうしたら、よーちゃんがはーちゅんにほうこくする」
拓斗は眉根を寄せた。
「どうして心陽が出てきた?」
すると心陽が意気揚々とした顔で答える。
「はーちゅんがおおたをこらしめにいくの」
「……なるほど。遥平が〝心陽警察〟に通報するわけか」
拓斗のたとえに双子が満足げな笑みを浮かべた。
暴力はやめとけよとたしなめたが、非は向こうの男の子にあるようだし、いまのところ保育園から呼び出しがかかってもいないから〝心陽警察〟は過剰な暴力には訴えてはいないようだ。
「ゆなちゃんとえなちゃんも、はーちゅんたちとおなじなんだよ」と心陽。
「双子ってことだろ?」
「そうじゃなくて。おなじっていうか、はーちゅんたちはママがとおいけど、ゆなちゃんたちはパパがとおいんだって」
それって、と拓斗と海翔が顔を見合わせた。
「ふたりのパパはくものむこうなんだって」
「ああ……」
拓斗は少しうつむく。あの双子の家は父親が亡くなっているシングルマザーだと、心陽は言っているのだった。
拓斗が言葉を探していると、海翔が遥平の頭を撫でる。
「同じ双子同士、仲良くしてあげるんですよ?」
「うん」
遥平が当然とばかりに頷いた。
みんなごはんを食べ終わっている。
片付けてお茶にしよう――。
けれども、このときはまだ、新しい双子たちとの出会いが新しい物語になっていくことは、拓斗も海翔も、心陽たちも想像していないのだった。