食べ終わった拓斗がじっと見ていては食べにくかろうと思い、拓斗は周りの様子を見回した。

いつもは朝の慌ただしい時間に双子を預け、夕方の仕事帰りに双子を引き取るため、同じ学齢の子供たちにどんな子がいるのか、意外に知らないのだ。

男の子もいれば女の子もいるのだが……やっぱりうちの双子がいちばんかわいい。

そんなことを思っていたときだった。

「ねーね、よーへーくん。こふきいもたべて」
と、隣のグループの女の子が、遥平の服を引っ張る。
粉ふきいもが嫌いなのか。

「すききらいはだめなんだよ?」と大人の対応をする遥平。

偉い。

遥平に粉ふきいもをお願いしようとした女の子はピンクのゴムで右側サイドテールにしていた。
心陽ほどではないがかわいらしい頰をしている。

「だって、あじがしないんだもん」

「おいしいよ?」

その女の子はなおも食い下がろうとしたが、お母さんらしき女性から、「優菜(ゆな)ちゃん」と呼ばれ、嘆息しながら身体の向きを戻していた。

遥平は、のんびりしているから園の女の子に利用されているのだろうか。

でも、きっぱり断っていたし。

意外と強いのかもしれない。

拓斗は相手の女の子の方の席に目を向けた。

先ほどのお母さんと目が合い、互いに愛想笑いを浮かべて一礼する。
長めのボブに緩くウエーブがかった髪型。
化粧は薄目で、服装はスカートのようにも見えるが、こんな低い椅子に座るのだから実際はどうなのだろう。
全体的に清潔感があってすらりとしていた。まだどこかお嬢さま的な感じが残っていたけど、年齢はひょっとしたら拓斗より少しだけ上かもしれない。

ああいうきれいなママさんタイプは営業先にもいたよな、と拓斗が思っていたら、その女性の側でさっきとは別の女の子が声をかけた。

「ママもおいしい?」

うん? ママ? さっき別の女の子がそう呼んだのではないか?

その女の子をもう一度見ると、さっき優菜と呼ばれた女の子と瓜二つだった。
髪型もそっくりで、違うのはサイドテールの向きと髪のゴム。
優菜という子はピンクのゴムに右サイドテールで、いまの子は赤のゴムで左サイドテールだった。

これは、ひょっとして……?

「うん。おいしいよ。愛菜(えな)ちゃんもおいしい?」

「おいしい」

愛菜と呼ばれた赤いゴムの女の子が、脚をぷらぷらさせながらお母さんを見てほんわりと笑っている。
声のトーンといい、笑い方といい、どこか遥平に通じるのんびりした空気を拓斗は感じた。

「心陽?」

「?」と唐揚げの最後の一口を頰ばった心陽が振り返った。

「隣の女の子たちも、双子?」

心陽がぐるりんと後ろを見る。
そっと窺う、という芸当は子供にはできないのか。

「ゆなちゃんとえなちゃん? そうだよ」

心陽に名前を呼ばれた優菜と愛菜が同じ顔でこちらを向いた。
ついでにふたりのお母さんもこちらをまた見たので、また頭を下げる。
海翔もそれに加わる。

「うち以外に双子の子がいたんだな。初めて知った」

「兄さんが心陽たちの話をあまりよく聞いていなかったからではないのですか」
という海翔の容赦ないツッコミが刺さる。

「ぐっ……そう言うおまえは知ってたのかよ」

「……初めまして。心陽・遥平の叔父の奥崎海翔です」と、そのお母さんに挨拶している。

海翔も知らなかったんじゃないのか?

「あ、初めまして。いつもお世話になっています。岩野(いわの)です」
と岩野が明るい笑顔で挨拶する。

「あ。いつもありがとうございます。心陽たちの父の拓斗です」

「はあ。拓斗、さん……?」

「あー。名字はどうせ親子なので。下の名前で」
と拓斗がごまかす。

親子だから名字が一緒だから下の名前を名乗ったというのだが、心陽たちと拓斗では名字も違っている。
それは心陽たちが母親の姓を名乗っているからなのだが、ここで自分との姓の違いを説明するのは場違い甚だしいのでやめたのだった。

「ああ。そうですか。岩野――岩野美涼(みすず)です」

何とか挨拶をやり過ごすと、遥平がちょっとふさいでいた。

「どうしましたか?」と海翔。

「あのね。さっきたくとにいちゃんが、『はーちゅんたちのちち』っていった」

拓斗が一瞬考えて遥平の頭に手を伸ばした。

「俺は心陽と遥平のパパだ」

遥平がにぱっと笑う。「心陽たち」というのがイヤだったとか、かわいすぎるだろ。

拓斗はいますぐ抱きしめたい気持ちをぐっと堪えた。

遥平はすでに食べ終わってぼんやりしている。
心陽はまだ少し残っていた。

「こんな少ない量で子供って大丈夫なんだっけ?」
と拓斗が心配そうに、空になった遥平の器を見つめる。

「あとでおやつもあるよ」

「すごいな」と拓斗が感心していると、海翔が冷静に突っ込んだ。

「兄さんの胃袋とかわいいこの子たちの胃袋を同じに考えないでください」

けどさ、と拓斗が言い返そうとしたとき、双子たちの向こうで小さく笑う声が聞こえた。見れば、先ほどの美涼が小さく微笑んでいた。

「ふふ。ごめんなさい。ちょっと聞こえてしまったもので」

ああ、と何となく拓斗と海翔の声がダブり、ふたりしてまた顔を見合わせる。

ちょっと照れたように海翔がメガネを直しつつ、美涼に頭を下げた。

「騒がしくてすみません」

「いいえ。おふたりのお話が楽しくて。ご兄弟ですか」

「ええ。一応」
一応、という表現にまた美涼が微笑む。
拓斗としては突っ込みたかったが、その影でまた遥平に伸びる小さな手があった。

「よーちゃん。もうたべたの?」

「うん」

「ゆなのぶんもあげようか?」

また優菜が遥平に自分の唐揚げの最後のひとつを示した。

「いらない」

遥平が再び淡々と断る。
優菜がちょっとしょんぼりしていた。

「もう」とか言って遥平をぱしぱし叩く。

遥平は――心陽という多少手の早い双子の姉に鍛えられているせいか――平然としていた。

拓斗はちょっとびっくりしたけど、海翔に目線で制された。

向こうでは優菜の母の美涼が申し訳なさそうにしながら優菜を止めている。

不承不承、優菜が遥平への他愛のない暴力行為を収めて椅子を戻した。
そのときのふくれっ面を見て、拓斗は不意に思ったのだ。


……ひょっとしてだけど、あの女の子は遥平に気があるのだろうか。


拓斗は何だかうれしくなった。

これがもし、女の子である心陽に気のある男の子が出てきたらかなりイラッとするはずなのだが、男の遥平がモテるとなれば少し鼻が高い。
現金なものだった。

優菜が姿勢を元に戻し、唐揚げを口に入れて咀嚼している。
いらないと断った遥平は、別に名残惜しそうではなかったが、同じく最後の一口になっている心陽の方は熱い目で見ていた。

――やっぱり足りなかったのかな。

拓斗の心配をよそに、和香が子供たちに呼びかけ、ごちそうさまの時間になった。
ごちそうさまでした、とかわいい声が響く。
おもむろに子供たちが立ち上がって、給食を片付け始めた。