木曜日。
いいお天気だった。
いつものように双子たちを保育園に拓斗が送る。
「おはようございまーす」
と拓斗が挨拶しながら中へ入った。
双子たちも「おはよーございまーす」と上履きに履き替える。
ちょうど他の子を園内に入れた保育士の女性がこちらに振り返った。
「ああ、心陽ちゃん、遥平くん。おはよう」
長い髪を後ろで一つに縛り、デニムにシャツ、それから保育士らしくエプロンを着ている。
顔立ちは清楚で若々しい。朝日のように爽やかな笑顔で子供たちを出迎えてくれた。
「わかせんせー。おはよーございます」と双子が改めてその女性、野々宮和香に満面の笑みで挨拶をする。
和香も笑顔を返した。
拓斗が軽く頭を下げる。
拓斗と和香は幼なじみなのだが、双子たちにも拓斗にも、それ以上に特別な存在だった。
何しろ、双子たちの母は和香の妹――和香の両親の離婚に伴い、何年も音信がなかったのだが――であり、要するに和香は、双子たちにとっては伯母であり、拓斗にとっては義理の姉になるのである。
よく見れば頰のラインが双子と似ていなくもなかった。
もっとも、ここまでの深い事情は保育園の保育士と園児一家との関係としては微妙だから、内緒にしてある。
「今日、給食参観、出させてもらいます」
と拓斗が言うと、和香が保育士としての笑顔のまま説明した。
「はい。ただ、給食参観は十二時でまだ時間があるんですけど、ちょっと園内ではお待ちいただけないので……」
「あ、大丈夫でーす。……ちなみにメニューって何だっけ」
後半、拓斗の口調が崩れる。
〝先生〟相手ではなく〝幼なじみ〟相手になっている。
「ごはんと鶏の唐揚げ、粉ふきいもにミニトマト、具だくさん野菜スープ、バナナですよ」と和香が流れるように答えた。
すでに何件も問い合わせがあったのだろう。
「……けっこういいもの食べてるよな。俺たちの小学校の頃の給食よりよっぽど」
「ふふ……。そうかもしれないですね」
和香がしっかり距離を取って対応して、拓斗は小鼻を搔きながら出ていった。
子供を預けに来る親たちの流れに反して外へ出ると、少し先にあるコーヒーチェーン店に向かう。
親たちの集合時間は、準備からしっかり見たいなら十一時十五分。
拓斗は当然準備からがっつり見たい派なのだが、そうすると一度家まで帰るのが微妙に面倒になるため、ここで海翔と合流するようにしているのだった。
コーヒーを三分の二以上飲んで、スマートフォンの充電が気になりだした頃、メガネで表情に乏しいいつもの海翔がやってきた。
よ、ん、という極めてシンプルな挨拶をして、拓斗のいるテーブルに海翔も腰を下ろす。
互いにコーヒーを飲みつつ、足を組んでスマートフォンをいじっていた。
拓斗はSNSを見て回り、海翔はゲームをしている。
時間が来てふたりは店を出た。
保育園にはちらほらと女性が入っていく。
「こんな日が高い時間に保育園に行くのって、説明会以来だな」
「そうですね。……兄さん、くれぐれも心陽に嫌われるようなはしゃぎっぷりはやめてくださいね」
拓斗は何か言い返そうとしたが、やめた。
保育園に入り、持ってきたスリッパに履き替える。
中へ入ると子供たちの歓声がわっと聞こえた。
すでに何人かのお母さんは来ていて、子供の方に手を振ったり、お母さん同士で言葉を交わしたりしている。
拓斗と海翔はちょっと場違いな空気を感じつつも中に入り、心陽たちを探した。
心陽と遥平はすぐに見つかった。
子供たちはすでに四人グループで小さな机をくっつけてランチョンマットを前に座っていた。
側には同じように小さな椅子がいくつか置いてある。
礼儀正しく、でも、いかにも子供らしくちょこんと座っている姿を見て、拓斗はそれだけで胸が一杯になった。
遥平が拓斗たちに気づき、にぱっと笑ってきた。遥平は隣の心陽をつつく。
心陽は遥平に促されて拓斗たちに気づき、一瞬だけ笑顔になった。
けれども、すぐに真顔に戻り、目をそらす。
恥ずかしい、というのは本当のようだった。
「はーい。みんな、今日はおうちの方も一緒にお給食を食べまーす」
と和香が園児たちに声をかける。
それを合図にして、別の保育士たちが保護者たちに給食をよそっていく。
給食を受け取った保護者は自分の子供の側の空いている椅子に座った。
拓斗も温かい給食を受け取る。
ただし、食器は子供たちと一緒だからまさにおままごとのように小さかった。食器だけでなく、箸も短い。
食器が小さいということは、よそわれる量も少ないことを意味していた。
拓斗は思わず海翔を振り返るが、海翔はしずしずと給食を受け取っている。
ちょっと考えて、拓斗は心陽の側の椅子に座った。
海翔は遥平の側の椅子に腰を下ろす。
まあ、食器の大きさや量は仕方がない。保育園児の給食なのだから。
問題は味と栄養である。
見たところ、悪くないと思う。
「おいしそうだな」と拓斗が笑顔で心陽に話しかけるが、心陽は生真面目に頷いただけだった。
はっきり言って写真を撮りまくりたい。
みんなで「給食のうた」を歌い、いただきますをして食べ始めた。
心陽が小さくご飯を口にし、次いでメインの唐揚げを食べる。
最初はちょっとずつしか食べていなかったが、だんだん口の中がおいしくなってきたのか、すぐに家での食べっぷりと変わらなくなった。
遥平はと見れば、目をきらきらさせながら唐揚げにかぶりついている。
一心不乱。
頭の上に「おいしい、おいしい♪」という文字が見えるようだった。
ふたりの様子を見ながら、拓斗も短い箸を使って給食を食べ始める。
ご飯は炊きたてで甘く、唐揚げは大人が食べてもちゃんとおいしい。
むしろ会社の近くの格安弁当よりおいしいかもしれなかった。
粉ふきいもは渋いなと思ったけど、栄養のバランスから考えるとそうなるのだろう。
スープはやや薄味に感じたが、子供向けだとしたらこういうものだろう。
すべての野菜が柔らかく、旨みが十分に溶け出すほどに煮込んである努力に頭が下がる思いだった。
すべて、とてもおいしい。
ただ、成人男性たる拓斗には、やはり量が少ない。
別に急いでいたのでもないのに、さっさと食べ終わってしまった。
急いではいなかったが、おいしかったのだ。
海翔はと見れば、遥平と食べる速度を合わせてゆっくり食べている。
何だか負けた気がした。
「おいしい?」と拓斗が双子に尋ねる。
「おいしい」と遥平がすぐに答え、心陽は「うん」と小さく答えた。
「俺もおいしいと思った。毎日こんな感じ? たまには嫌いな物も出る?」
「はーちゅんはだいじょうぶだけど、よーちゃんはケチャップでたときはだめだった」と心陽。
「何についてたの?」
「ひとくちハンバーグ」
「それは……悲しかったな」
と拓斗が呼びかけると、うん、と遥平が頷く。
拓斗は手を伸ばしてその頭を小さく撫でた。
いいお天気だった。
いつものように双子たちを保育園に拓斗が送る。
「おはようございまーす」
と拓斗が挨拶しながら中へ入った。
双子たちも「おはよーございまーす」と上履きに履き替える。
ちょうど他の子を園内に入れた保育士の女性がこちらに振り返った。
「ああ、心陽ちゃん、遥平くん。おはよう」
長い髪を後ろで一つに縛り、デニムにシャツ、それから保育士らしくエプロンを着ている。
顔立ちは清楚で若々しい。朝日のように爽やかな笑顔で子供たちを出迎えてくれた。
「わかせんせー。おはよーございます」と双子が改めてその女性、野々宮和香に満面の笑みで挨拶をする。
和香も笑顔を返した。
拓斗が軽く頭を下げる。
拓斗と和香は幼なじみなのだが、双子たちにも拓斗にも、それ以上に特別な存在だった。
何しろ、双子たちの母は和香の妹――和香の両親の離婚に伴い、何年も音信がなかったのだが――であり、要するに和香は、双子たちにとっては伯母であり、拓斗にとっては義理の姉になるのである。
よく見れば頰のラインが双子と似ていなくもなかった。
もっとも、ここまでの深い事情は保育園の保育士と園児一家との関係としては微妙だから、内緒にしてある。
「今日、給食参観、出させてもらいます」
と拓斗が言うと、和香が保育士としての笑顔のまま説明した。
「はい。ただ、給食参観は十二時でまだ時間があるんですけど、ちょっと園内ではお待ちいただけないので……」
「あ、大丈夫でーす。……ちなみにメニューって何だっけ」
後半、拓斗の口調が崩れる。
〝先生〟相手ではなく〝幼なじみ〟相手になっている。
「ごはんと鶏の唐揚げ、粉ふきいもにミニトマト、具だくさん野菜スープ、バナナですよ」と和香が流れるように答えた。
すでに何件も問い合わせがあったのだろう。
「……けっこういいもの食べてるよな。俺たちの小学校の頃の給食よりよっぽど」
「ふふ……。そうかもしれないですね」
和香がしっかり距離を取って対応して、拓斗は小鼻を搔きながら出ていった。
子供を預けに来る親たちの流れに反して外へ出ると、少し先にあるコーヒーチェーン店に向かう。
親たちの集合時間は、準備からしっかり見たいなら十一時十五分。
拓斗は当然準備からがっつり見たい派なのだが、そうすると一度家まで帰るのが微妙に面倒になるため、ここで海翔と合流するようにしているのだった。
コーヒーを三分の二以上飲んで、スマートフォンの充電が気になりだした頃、メガネで表情に乏しいいつもの海翔がやってきた。
よ、ん、という極めてシンプルな挨拶をして、拓斗のいるテーブルに海翔も腰を下ろす。
互いにコーヒーを飲みつつ、足を組んでスマートフォンをいじっていた。
拓斗はSNSを見て回り、海翔はゲームをしている。
時間が来てふたりは店を出た。
保育園にはちらほらと女性が入っていく。
「こんな日が高い時間に保育園に行くのって、説明会以来だな」
「そうですね。……兄さん、くれぐれも心陽に嫌われるようなはしゃぎっぷりはやめてくださいね」
拓斗は何か言い返そうとしたが、やめた。
保育園に入り、持ってきたスリッパに履き替える。
中へ入ると子供たちの歓声がわっと聞こえた。
すでに何人かのお母さんは来ていて、子供の方に手を振ったり、お母さん同士で言葉を交わしたりしている。
拓斗と海翔はちょっと場違いな空気を感じつつも中に入り、心陽たちを探した。
心陽と遥平はすぐに見つかった。
子供たちはすでに四人グループで小さな机をくっつけてランチョンマットを前に座っていた。
側には同じように小さな椅子がいくつか置いてある。
礼儀正しく、でも、いかにも子供らしくちょこんと座っている姿を見て、拓斗はそれだけで胸が一杯になった。
遥平が拓斗たちに気づき、にぱっと笑ってきた。遥平は隣の心陽をつつく。
心陽は遥平に促されて拓斗たちに気づき、一瞬だけ笑顔になった。
けれども、すぐに真顔に戻り、目をそらす。
恥ずかしい、というのは本当のようだった。
「はーい。みんな、今日はおうちの方も一緒にお給食を食べまーす」
と和香が園児たちに声をかける。
それを合図にして、別の保育士たちが保護者たちに給食をよそっていく。
給食を受け取った保護者は自分の子供の側の空いている椅子に座った。
拓斗も温かい給食を受け取る。
ただし、食器は子供たちと一緒だからまさにおままごとのように小さかった。食器だけでなく、箸も短い。
食器が小さいということは、よそわれる量も少ないことを意味していた。
拓斗は思わず海翔を振り返るが、海翔はしずしずと給食を受け取っている。
ちょっと考えて、拓斗は心陽の側の椅子に座った。
海翔は遥平の側の椅子に腰を下ろす。
まあ、食器の大きさや量は仕方がない。保育園児の給食なのだから。
問題は味と栄養である。
見たところ、悪くないと思う。
「おいしそうだな」と拓斗が笑顔で心陽に話しかけるが、心陽は生真面目に頷いただけだった。
はっきり言って写真を撮りまくりたい。
みんなで「給食のうた」を歌い、いただきますをして食べ始めた。
心陽が小さくご飯を口にし、次いでメインの唐揚げを食べる。
最初はちょっとずつしか食べていなかったが、だんだん口の中がおいしくなってきたのか、すぐに家での食べっぷりと変わらなくなった。
遥平はと見れば、目をきらきらさせながら唐揚げにかぶりついている。
一心不乱。
頭の上に「おいしい、おいしい♪」という文字が見えるようだった。
ふたりの様子を見ながら、拓斗も短い箸を使って給食を食べ始める。
ご飯は炊きたてで甘く、唐揚げは大人が食べてもちゃんとおいしい。
むしろ会社の近くの格安弁当よりおいしいかもしれなかった。
粉ふきいもは渋いなと思ったけど、栄養のバランスから考えるとそうなるのだろう。
スープはやや薄味に感じたが、子供向けだとしたらこういうものだろう。
すべての野菜が柔らかく、旨みが十分に溶け出すほどに煮込んである努力に頭が下がる思いだった。
すべて、とてもおいしい。
ただ、成人男性たる拓斗には、やはり量が少ない。
別に急いでいたのでもないのに、さっさと食べ終わってしまった。
急いではいなかったが、おいしかったのだ。
海翔はと見れば、遥平と食べる速度を合わせてゆっくり食べている。
何だか負けた気がした。
「おいしい?」と拓斗が双子に尋ねる。
「おいしい」と遥平がすぐに答え、心陽は「うん」と小さく答えた。
「俺もおいしいと思った。毎日こんな感じ? たまには嫌いな物も出る?」
「はーちゅんはだいじょうぶだけど、よーちゃんはケチャップでたときはだめだった」と心陽。
「何についてたの?」
「ひとくちハンバーグ」
「それは……悲しかったな」
と拓斗が呼びかけると、うん、と遥平が頷く。
拓斗は手を伸ばしてその頭を小さく撫でた。