「……人間の命は短い。それをわざわざ縮めることはないんじゃない?」

「うん……そうだよ、ね。私も、翠と長く一緒にいたいし……」

 私に死んでほしくないという翠の気持ちを汲めば、子供は諦めたほうがいい。

 ただでさえ私は、長生きの翠より先に寿命がきて死んでしまう。翠のことを想うなら、時が許す限りそばにいるべきだ。でも……。

「理屈では受け入れ難い女の幸せ、というものがあるのだ」

 これまで黙って聞いていた静御前が、私の納得しきれない思いを代弁する。

「お互い、いつ死ぬかわからんからな。愛する男の命を繋ぎたい、生きた証が……子が欲しい。そう願う心は消えん。どんなに自分に言い聞かせても、な」

 そうか、静御前にはかの有名な源義経(みなもとのよしつね)様の子供がいた。でも、敵方であった源頼朝(みなもとのよりとも)から『生まれてくる子が女児であれば生かすが、男児であれば殺す』と言われ、生まれてきたのが男児だったために由比ヶ浜(ゆいがはま)に遺棄(いき)されてしまった。

 生まれてすぐに殺されてしまったけれど、静御前は知ってるんだ。追っ手にいつ討たれてしまうかわからない、そんな愛する人の生きた証を残したいと、そう願う心を。

 だけど、今の私には……その願いに素直に従う勇気がない。だって、私に長生きしてほしいという翠の幸せと、翠との子供が欲しいっていう私の幸せ、天秤にかけるまでもない。翠の幸せを守るのが正解……正解、なんだから……。