「私も、翠から離れたくない。どうやっても心が翠を求めちゃって、逃げられそうにないよ……」

 ただ慰めたいからではない。その場の雰囲気に流されて、触れ合いたいと思っているわけでもない。

「私だって、死にたくない。でも……」

 悲しみに暮れるその心を私が包み込んであげたい、愛しさでいっぱいにしてあげたい。欠けたもの、枯渇したもの、飢えたもの……。それらを満たせるのはただひとつ、愛ではないかと思うから。

「心だけじゃ足りなくて、あなたの全部が欲しい」

「それは俺も同じだ。だが、それを望んで引き換えにするものが大きすぎる。わかってんだろ、てめえを失いたくない」

「私は失うんじゃない、得るの。翠を丸ごと私のものにできるんだから、なにも失わない」

「屁理屈じゃねえか」

 近づいてくる翠の顔を見つめていたら、ふと静御前の言葉を思い出す。

『お互い、いつ死ぬかわからんからな。愛する男の命を繋ぎたい、生きた証が……子が欲しい。そう願う心は消えん。どんなに自分に言い聞かせても、な』

 そうだ、私は翠のためにも残したいのだ。巫女の懐妊(かいにん)に関わらず、そもそも人間は神様に比べたら短命で、私は遅かれ早かれ翠を置いて逝ってしまう。

 でも、翠との子供が半分神様なら、その子は長生きかもしれない。そうすれば、私の命が尽きたあとも翠はひとりにならないし、今日みたいに悲しい夜に晩酌に付き合ってくれるような誰かがいてくれたら、それだけで寂しさも紛れるはずだ。

 私の命の先に翠の未来の幸せがあるのだと思えば、命を懸けても惜しくはない。ただ、翠がそれを望んでいないことが心苦しいけれど。

「できるだけ長く一緒にいるっていう未来への望みと、今望んでることが真逆すぎて、いろんな不安が頭に浮かんで、考えがぐちゃぐちゃになっちゃってるけど……。なにが正しいかわからないからこそ、自分の心に素直になりたい」

 これからのことなんて実際に見に行けるわけじゃないし、わからない。でも、今胸にある、翠を求める気持ちだけは確かに存在している。この心に素直になりたい。