「──静紀」

 とさっと、背中に硬い縁側の床の感触。翠に押し倒された私の鼓動は一気に速まる。

「……っ、くそ……触れたら後戻りできねえって、わかってんだろ……」

 それは私にではなく、自分に向けた苛立ちだった。 

 月光が、彼の瞳に映る焦れた熱情をまざまざと私に思い知らせる。愛する夫の視線は抗う意思を奪うように、私の理性をじわじわと溶かしていった。

「俺を押し退けて、さっさと逃げろ」

 私を組み敷いている翠は、今にも泣きそうな顔をしている。私の手首を拘束している彼の手は熱く、そして震えていた。

 ああ、そっか……。翠は怖いんだ、私を抱いてしまうことが。それでもし、私に子供ができたら……命を落としてしまうかもしれないから。

 だけど、こんなにも心が求めてる。もっと深く愛する人と繋がりたいという衝動は、誰にも止められない。

「……どうして、自分の夫から逃げなきゃいけないの?」

「わかんねえのか。自分の意思の弱さに辟易(へきえき)するが、てめえを放してやれるほどの余裕は、俺にはなかったみてえだ」

 翠も、私を求めてる。そう確信したら、死ぬかもしれないのに、迷いなんて消え失せていた。

 ──私は今、どうしようもなく……翠に触れたい。

「翠、私もだよ」

 仲間を亡くし泣いている心を包み込むように、彼を引き寄せる。

「静紀、シャレにならねえ」

 翠は私を引き剥がそうとしたが、構わず抱きしめ続けた。