「こうして待ってたのは、今日だけじゃねえな?」

 さすがは旦那様、私の行動パターンを熟知していらっしゃる。

 私は頬を引きつらせて、両手で胸を押さえると「ぎくっ」とわざとらしく驚いて見せた。

「『ぎくっ』じゃねえ。おとなしく寝てろ、阿呆が」

 翠は腕を組んで、縁側に胡坐(あぐら)をかく。

「ふふ、ごめん。でも、翠がそばにいないと、なんかそわそわしちゃって。だから翠にいっぱい怒られても、やっぱり帰りを待っちゃうと思う、私」

 柱から背を離して、翠の真横に座り直す。こてん、とその肩に頭を預ければ、夜風の冷たさも和らいだ。

 しばしの沈黙が降りて──翠の深呼吸が聞こえる。

「俺が天界に呼ばれた理由だが……」

「……うん」

「人間の信仰心がなくなって、奉り神だった龍神が……また消滅しやがった」

 「えっ」と声が出そうになったが、即座に唇を引き結ぶ。翠がせっかく心の内を話してくれているのだ、邪魔はしたくない。

「その龍神の葬儀だった」

 地上の社(やしろ)に腰を据える奉り神は人間の信仰心を得られないと徐々に弱り、ついには消滅してしまう。それが神様のいる神社がほとんどない原因だった。

 困ったときだけ神頼みをするくせに、いざ恩恵が得られないと神様を責める。そんな人間を翠はずっと憎んでいた。

 龍神の親友──楊(よう)泉(せん)さんも人間の信仰を失って亡くなったから。

 楊泉さんを消滅に追いやった人間への憎しみのせいで魂が穢れ、神堕ち──あやかしになりかけるほどに傷ついていた。

 楊泉さんを思って、翠はよく空を見上げながらお酒を飲んでいたな。だから今日のも、弔(とむら)い酒なんだろう。

 私は徳利を持っておちょこにお酒を注ぎ、翠の手に握らせる。