最果ての森に、霧が冷たく立ちこめている。
 朝なのか夜なのかもわからない、ひたすらに白く曖昧な景色だ。
 大きな河が沈殿した闇を呑み、ゆるゆると流れていく。

 欠けた飴玉。
 針の折れた時計。
 破られた手紙。
 だれにも願いをかけられなかった流れ星。

 この世から「失せるべき」ものたちが、浮いたり、沈んだり。

 青年はそれらと水にもまれながら、透明なあぶくを吐きだした。
 踊りながら水面へ昇っていくあぶくたち。
 その向こうに、彼を見下ろす二つの影が映った。

「魔女。これ、ひろう? 直してかえす?」
「どうしようかね。失くしたか、失くされたか――。さぁ、おまえは一体どうしたんだい」

 青年はこめかみを硬いもので突かれて、あぶくを歯で噛み潰した。
 気持ちよくたゆたっていたのに、とんだ邪魔が入ったものだ。
 重たい腕を持ちあげ、執拗に小突いてくる棒をつかむ。

「おや、生きていた。しかたがないね。こども、手伝っておくれ。この子も還りたいのかもしれない」
「わかった」

 あどけない小さな手が、青年の手首の肌に触れる。
 それで彼は、まだ自分の輪郭が水に溶けきれていなかったことを知り、身をよじった。

 ――やめてくれ。はなしてくれ。おれは戻りたくない。
 このまま河の流れにたゆたっていたいんだ。

「ねぇ魔女。このおにいさん、どうして笑ってるの」

 ――笑ってなんかいなるものか。おれは今、とても、……とても……?