「どこに行くの?」

「ノワールだ」


 ノワールというと、繁華街にあるという枢が仲間のために作ったという噂のクラブである。


「クラブに行くの?」

「正確には元クラブだった所だ。閉店になったクラブをリフォームして、ノワールの奴らが集まれるようにしたんであって、今は店じゃない。俺の別宅みたいなものだ」

「別宅なの?」

「少し前までは週の半分はそこで過ごしてた」

「今は違うの?」

「好きな女が毎日家に来るのに他へ行くわけないだろ」


 さらりと瀬那を嬉しくさせる言葉を使う。
 枢ぐらいの年頃なら恥ずかしがりそうなセリフも、枢は当たり前のことのように口にする。

 瀬那はそれに対して何かを言うことはできず、無理矢理話題を変えることでしか話を続けられなかった。


「てっきり不良の溜まり場みたいなのだと思ってたけど、違うのね」
 
「たまに不良に目を付けられて喧嘩になるが、ノワール自体は健全な場所だ。集まる奴らは良いとこの坊ちゃんが多いからな。それに進学校ってこともあって、勉強会みたいなのを毎日開催してる。俺はそんな奴らに場所を提供してるだけだ」


 瀬那が噂で聞いていたノワールという場所とは随分イメージが違う。


「もうすぐ試験がある今なら、泊まり込みで勉強しに来てる奴らがけっこういるだろう。中には塾に行けない奴もいたりして、そんな奴らに勉強を教えてやろうってのも集まるから」

「だから、私にも勉強用具持っていくように言ったんだ」

「ノワールには参考書や辞書も色々と置いてるから、あの家で勉強するよりはかどるだろう」


 襲われたいかなどと不穏なことを言っていたが、ちゃんとそこを選ぶ理由があった。
 まあ、二人だと襲いたくなるというのは決して嘘ではないのだろうが。


 しかし、瀬那は大事なことを忘れている。
 ノワールには、学校の生徒達がたくさんいるということだ。

 現在、瀬那が枢と付き合っていることはほとんど知られておらず、二人が揃って現れたらどうなるか。

 それはすぐに分かることになる。


 車が止まり、先に枢が出て瀬那も後に続こうと降りようとすると、枢が手を差し出してくる。

 その手を取り車を降りると、その手を枢は絡めるように握る。
 これがいわゆる恋人繋ぎというものか!と、衝撃を受けている瀬那の心を知らず、そのまま瀬那の手を引いて外観はお店のように見えるそこへ入っていく。

 玄関を入りさらにその奥の重厚な扉の中に一歩踏み入れたら、家のリビングのような空間が広がっていた。

 元クラブなので中はとても広く、クラブの名残を見せる中二階の席がある。


 枢が姿を見せたことにすぐにそこにいた人々は気付く。


「あっ、枢さんだ」

「最近来てなかったよな」


 枢のことに気を取られていた彼らだが、手を引かれて後から入ってきた瀬那にもすぐに気が付いた。


「えっ! あれって神崎さんじゃね!?」

「マジだ、神崎さんだ」

「えっ、ちょっと待って。手繋いでるんですけどぉ!」

「うそだ。誰か嘘だと言ってくれぇ。俺らの天使がぁ!」

「まさかまさかまさか、あの二人付き合ってたのかー!」


 阿鼻叫喚となってしまった場で、瀬那はようやく気付く。

 枢との関係が生徒達にバレてしまったと。


 今さらではあるが、枢との手を離そうとしたが、その手はギュッと握られていて離れない。


「枢。バレちゃうよ……」

「前にも言っただろう。俺は特に隠す気はない」

「確かにそう言ってたけど……」


 そこにいる人達の反応を見て、もう遅いと悟った瀬那は、仕方ないと覚悟を決めて枢の手を握り返した。