枢のことを美玲達に話せてスッキリした瀬那は、その日も枢の家に行こうと部屋を出る。
エレベーターを待っていると、エレベーターが開いた。
すぐに降りてくる人がいたので道を空けようと横に移動した瀬那は、その降りてきた人の顔を見て驚く。
「お兄ちゃん?」
「おお、瀬那。ただいま」
「えっ、どうして? 今日も遅くなるはずじゃあ」
「それが、先方の都合で会食がなくなったんだよ。だから久しぶりに可愛い妹の手料理を食べようと思ってさ。ほら、最近は朝も早くて一緒に食事できなかっただろう」
ニコニコと嬉しそうにする歩には悪いが、瀬那は必死にこれからどうしようかと頭を回転させていた。
歩が帰ってくるとは思っていないので、勿論買い出しなどしたいない。
なにせ、食材は枢が家で用意してくれている物を使うからだ。
しかも、突然行けないと言うのも申し訳ないし、どうしたものかと考えている瀬那に、歩は無邪気に問い掛けてくる。
「ところで、瀬那はどこか行くのか? 何か買い忘れか? それならお兄ちゃんが買ってきてやるぞ」
「いやぁ、それが……」
ここは素直に話すことにした。
最近は彼氏の家で夕食を一緒にしているということ。
彼はこの同じマンションの最上階に住んでいること。
それを聞いた兄は般若と化した。
「つまり、瀬那はこれからその男の家に行くところだったと?」
「うん」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、瀬那の肩に手を乗せる。
「そうか、じゃあ行くか」
「えっ、行くってお兄ちゃんも?」
「当たり前だ! 瀬那に相応しい男かお兄ちゃんが確かめてやる」
「えー……」
枢へ連絡を入れる暇もなく連行された瀬那は最上階の枢の部屋の前へ。
恋人になってからはもらった鍵で入るようになり、普段は鳴らさないインターホンを鳴らした。
玄関を開けて顔を見せた枢は特に驚いた様子もなく瀬那達を迎え入れる。
むしろ驚いているのは歩の方だ。
「えっ、一条院の枢さん? えっ?」
処理能力が追い付かないのか、しきりに「えっ? えっ?」と動揺している。
まあ、妹の彼氏と言って出てきたのが、天下の一条院財閥の御曹司なら普通の人間は驚く。
突っ立つ歩の手を引いて家の中に入った瀬那は、とりあえず歩をダイニングの椅子に座らせ、瀬那はキッチンで調理に取りかかった。
その横では、枢が二人分のコーヒーを入れている。
「枢、ごめんね。お兄ちゃんが珍しく早く帰って来ちゃって、いつも夕食はここで食べてるって説明したら自分も付いていくとか言って強引に来ちゃって」
「いや、問題ない。瀬那の兄だ。近い内に挨拶をしておくつもりだったからちょうど良い」
「気を使わなくて良いからね」
「ああ」
そう言うと、二人分のコーヒーを持って歩の所に向かった。
それをキッチンからこっそり覗いていた瀬那だが、年上の歩の方が恐縮しているようなので大丈夫だろうと、調理に集中することにした。
そして出来上がった料理を持ってダイニングに行けば、何故か先程とは違い眉間に皺を寄せた不機嫌全開の歩がいた。
枢は平然としているが、この少しの間に何があったのかさっぱり分からない。
すると、突然歩がテーブルに拳を叩き付けた。
驚く瀬那を気にせず、歩は吠えた。
「瀬那はまだ嫁にはやらん!!」
この馬鹿兄は何を言っているのかと、瀬那は頭痛を覚えた。
「お兄ちゃん! 何言ってるのよ」
「何じゃない。まだ高校生で結婚は早い!」
「そういうことじゃなくて……」
「じゃあ、二十歳まで待ちます」
何を思ったのか、枢まで歩の話に乗っかりだした。
「枢まで……」
「二十歳だってまだ若い! 瀬那は大学にいくつもりなんだ」
「俺の父親は二十歳の時に結婚して俺が産まれました。今どき学生結婚も珍しくありません」
敬語を使う枢を新鮮に思いながら、何故話題が結婚の話になっているのか瀬那にはまったく追いつけない。
「ぐぅ……。だが……」
「結婚しても部屋がここに変わるだけでいつでも会えます。それよりも、とっとと既成事実を作った方が、大学に入って変な虫が付かなくて良いと思います」
それが、歩のどの琴線に触れたのか分からないが、二人は無言で見つめ合い、一拍の後堅い握手をした。
最後は上機嫌の歩が普通に枢と打ち解けていたので、瀬那には何が何だかサッパリであった。
しかし、歩が枢との仲を認めてくれたのだけは分かった。