ポカンとした顔で固まる翔は、次の瞬間声を上げて笑った。


「あはははっ。ないない。瀬那が一条院となんて」


 瀬那が予想していた通り笑い飛ばした翔を、瀬那はジトッとした眼差しで見つめる。


「翔は絶対に笑うと思った」

「だって、あの一条院とか。あり得ないって」

「そう言うなら、これでどうだ!」


 瀬那はスマホを操作して、昨日撮った画面を出す。
 勿論普通に撮った方だ。
 枢とのキス写真など見せられるわけがない。

 印籠を出すように翔の前に突き出せば、そこに映っている瀬那の隣にいる枢の姿を見て、ようやく翔は笑いを引っ込めた。


「えっ、マジ?」


 美玲と棗もスマホを覗き込む。


「うわぁ、本当に一条院様だ」

「偽物じゃない?」

「合成とか……」

「違います!」


 まだ信用しきれない棗と翔の言葉を否定し、スマホをポケットに戻した。


「最近美玲とお昼一緒にできなかったのも、お昼は枢と食べてからなんだけど……」

「瀬那ちゃん、枢って呼び捨て……」


 美玲はお昼を一緒に食べていることより、枢を呼び捨てにしている瀬那が気になったようだ。

 それも仕方がない。
 これまで枢を下の名で呼んでいたのは愛菜ぐらいだったから。


「本当に付き合ってるんだ」

「うん、まあ……」


 尊敬の眼差しを向けてくる美玲に、瀬那はむず痒くなる。
 他人に言われて実感する。
 自分は枢と付き合っているんだと。


「はああ、瀬那が一条院とねぇ」


 ようやく翔も納得したようだ。
 感心したように息を吐く。


「凄い、やったね、瀬那ちゃん。おめでとう」


 素直に喜んでくれる美玲に、瀬那も自然と笑顔が浮かぶ。


「いや、喜んでばかりもいられないぞ。これが他の奴らに知られたら……」

「血祭りに上げれるね」


 さらっと怖いことを言う棗に、瀬那と美玲は頬を引き攣らせる。
 目を血走らせて追い掛けてくる女子達が目に浮かんだからだ。


「だから、バレるまではできれば内緒で」

「まあ、それが賢明だな」

「うん」


 翔と棗はすぐに了承してくれたが、美玲は難しい顔をしている。


「美玲?」

「う~。だって瀬那ちゃん。このこと言っちゃえばあの女に目にもの見せてやれるのに」

「あの女?」

「新庄さんよ」

「あー、まあ、ショック受けるだろうね」

「散々瀬那ちゃんに迷惑掛けてたんだもん。一条院様のことも諦めてなさそうだし、瀬那ちゃんが彼女だってことを教えて牽制しておかないと、また一条院様にちょっかい出すよ? 嫌じゃないの?」

「まあ、嫌だなって思ったこともあったけど、あまりにも枢がドライすぎてむしろ可哀想と思ったり思わなかったり」

「思う必要なんてないよ。だって、一条院様達の話聞いてたら、一条院様を下の名前で呼んでるのだって無理矢理みたいだし。あれだけのこと言われてて、まだあの女は一条院様にべったり話し掛けてるのよ」

「すごい精神力だよねー」

「感心してる場合じゃないでしょ、瀬那ちゃん!」


 まるで我がごとのように美玲が怒る。
 むしろ瀬那があっさりしすぎているようにすら見える。


「枢が新庄さんに気がないのは見てれば分かるからね。あれで枢も応じてたら嫉妬してたかもだけど、こっちがびっくりするほどの無視っぷりだもん。それに、付き合ってることを知った時の方が新庄さんが面倒臭そうだから、しばらく放置がいい」

「最後のが瀬那の本音だな」


 付き合いの長い翔が、的確に瀬那の心を見透かす。

 今なら枢が無視すればすむ話だが、付き合っていることが愛菜に知られたら、からまれる
たのは確実である。

 もうしばらくは平穏な時を過ごしたいので、面倒な愛菜は枢に押し付けるにかぎる。