枢を見てもどんな顔をすればいいかと狼狽えている状況ではなく、瀬那を始めとした生徒は枢の動向を見守った。
愛菜は枢の姿を見つけると、昨日のことなど忘れたかのように枢に駆け寄る。
「枢君! 酷いのよ。誰かが私の机に落書きしたの!」
枢は愛菜の机を見て一瞬眉をひそめたが、表情が変わったのはその一瞬だった。
枢は何事もなかった顔で愛菜の横を通り過ぎると、自分の席へ座った。
「枢君!」
バンッと机に叩き付けるように手を乗せた愛菜に、ようやく枢は視線を向けたが、すぐにその視線は別の方向へ。
その先には総司がいる。
「総司。お前の幼馴染みだ。お前がなんとかしてやれ」
「枢君がなんとかしてくれないの?」
ウルウルと瞳を潤ませて、女子から見ればあざとさが見える甘えた表情で懇願する愛菜を枢は一瞥すらしなかった。
「総司」
呼ばれた総司は面倒臭そうにしながら、愛菜へ近付き腕を掴む。
「ほら、愛菜来い」
「やだっ。私は枢君に……」
「俺がお前のために何かをすることはない。今後一切。だから期待するな」
冷たいその言葉に愛菜はまだ何かを言おうとしたが、その前に総司に腕を引かれ枢から離された。
その後総司は、ノワールのメンバーらしき男子数名に机を変えるように頼み、瑠衣と何やら話し込んでいた。
その間、枢が愛菜に目を向けることは一切なかった。
愛菜の方はチラチラと枢を気にしていたようだが……。
この問題に枢は関わらないと明言したが、総司と瑠衣が動いたことで愛菜に対する悪意ある声は小さくなっていった。
犯人はすぐに分からなかったものの、それ以上の嫌がらせも起こらないまま昼休みとなった。