今日も枢の家の前にやって来てしまった瀬那は、扉の前で溜息を吐く。

 本当に誰かに知られたら厄介なことになるだろうに。
 特に愛菜とか、枢のファンとか。


 けれど、瀬那はここに立っている。


 嫌なんかではない。そう、嫌なんかでは……。
 
 むしろ、枢との時間を望んでいる自分がいることに、瀬那は戸惑いを隠せないのだ。

 お昼休みの一時。
 そのわずかな時間だけで満足していた。
 今では明日はどんな料理を作ろうかなんて、心を弾ませながらメニューを考えていた瀬那がいた。

 上手く隠しているつもりだった。自分自身にさえ。


 けれど、もっとと貪欲な心が溢れてくる。


 瀬那の前でだけ見せる、教室にいる時とは違った表情。
 それを一つ一つ見る度に心がぎゅっとする。


 駄目なのに。
 枢には好きな人がいるというのに。


 けれど、枢との時間は瀬那にとって今や特別な時間となっていた。
 お互い何を話すでもない。
 何も話さぬまま沈黙で終わる日だって多々ある。
 それなのに、枢と過ごす昼休みは普段とは違う安らぎと胸の高鳴りの二つの相反する心を瀬那に与えた。


 けれど、いつまでその時間を共有できるのか。
 始まりは突然だった。なら、終わりだって突然ではないのか?
 瀬那はそれを今一番恐れていた。

 この特別な時間を二人で過ごす。そんな日々が終わることを。


 ぼんやりと立ちすくんでいると、目の前の扉が突然開いた。

 そこには、呆れた顔の枢が立っていて……。


「いつになったら入ってくるんだ?」


 どうやら今日もカメラで見られていたらしい。


「ほら、早く入れ」

「……うん。お邪魔します」



 そう言ってから入ると、昨日と変わらないイングリッシュガーデンが外に見えた。


「すぐ作るね」

「ああ」



 ここでも特に何か話すわけではなく、お互い言葉数は少ない。
 けれど、そのことに不思議と気まずさはなく、むしろ居心地が良く感じる。


 昨日とは違って洋食にしようと、オムライスを作った。


 半熟トロトロにするのが難しいのである。


 慎重に作ったオムライスとスープをダイニングテーブルに乗せ、食べ始める。


 ここでも会話はなく、静かすぎる食事が始まった。
 思うのは、この時間が少しでも長く続けば良いのにという想い。

 けれど、すぐに瀬那は己を律する。

 枢にとっては家政婦に過ぎない。
 勘違いしてはいけないと。

 それなのに……。

 最後の一口を食べた枢は一言。



「うまかった」

「本当?」

「ああ。瀬那の料理はいつもうまい」

「お口に合って良かったです」

「なんで敬語なんだ」

「なんとなく?」

「なんだそれは」


 互いに小さく笑みを浮かべる。


「明日は何を作ろうかな?」

「なんだっていい」

「それが一番困るのに」

「お前が作るものならなんでも好きだ」


 そう言って頬杖をつきながら教室では絶対に見せない優しい笑みを浮かべる枢に、瀬那の心臓がドキリと跳ねる。


 けれどその直後、あの言葉が蘇る。


『勘違いするな』


 冷たい眼差し。冷たい言葉。

 それを思い出した瞬間、瀬那の胸が激しく痛み、胸元の服をギュッと握り締める。


 ああ、駄目だ……。
 もう、耐えられない。
 そう瀬那の心が叫んだ。