それからの瀬那は昼ごはんどころではなかった。
だというのに、枢は何事もなかったかのようにいつも通りに戻り、お弁当をパクパクと食べて昼休みが終わる前にさっさと去っていった。
一人になった非常階段で、瀬那は両手で顔を覆った。
この間から枢はいったいなんなんだ。
「翻弄されてる……」
いや、遊ばれているのか?
何故なら枢は好きな人がいると言っていたではないか。
なのに、瀬那に意味深な言葉を残していく。
瀬那でなければきっと勘違いしていただろう。
自分がその好きな人なのだと。
そんなはずがない……。
瀬那は自分にそう言い聞かせた。
いや、言い聞かせている時点で勘違いが始まっていると、頭を振った。
ペチペチと頬を叩いて心を落ち着けると、教室に戻るべく立ち上がった。
放課後、授業は終わったがすぐには帰らずに教室で美玲や他の友人と談笑していると……。
「ねぇねぇ、枢君!」
教室内に響き渡るような大きな声に目を向ければ、愛菜が枢の腕に抱き付いているところだった。
そのことに自然と胸の痛みを感じていることを瀬那は気付きたくなかった。
けれど、目が離せない。
枢に女の子が触れているという光景から。
「離せ」
「やだ!」
枢は愛菜のことを鬱陶しげに見ていた。
それがせめてもの救いだったろう。
もし、枢が瀬那にも向けていたあの優しげな笑みでその手を受け入れていたら、瀬那はどうするのか自分でも分からない。
「瑠衣」
枢が瑠衣を呼ぶと、やれやれという様子で溜息を吐き愛菜の肩に触れた。
「愛菜、離すんだ」
「嫌だったら!」
肩の手を振り払う愛菜に、次第に瑠衣が面倒くさそうな顔をしていくのが分かる。
それは枢もだ。
「ねぇ、枢君。いいでしょう? これから私とデートして」
そう愛菜が言った途端に、クラス中の女子が鋭い視線を愛菜に向けた。
枢相手にデートと言えば枢ファンの逆鱗に触れるのは分かりきっている。
けれどそんな視線には気付かず、甘えるように擦り寄る愛菜の行動がさらに女子の怒りに拍車をかけているのを愛菜は分かっていない。
「離せ」
「オッケーしてくれるまで離さない!」
枢は深い溜息を吐くと、少し乱暴に愛菜の手を振り払った。
「枢君!」
愛菜は抗議の声を上げたが、枢の鋭い眼差しに怯み、悔しげに唇を噛み締めた。
どこからか「ざまぁ」という女子の声がひっそりと聞こえた気がした。
「ねぇ、お願い」
それでもなお諦めず懇願する愛菜に、枢は静かな眼差しを向ける。
「そういうことは好きな奴と行け」
「だから枢君と行きたいの!」
それはもう告白しているのとなんら変わりない言葉だった。