「ご飯作るね」
落ち込む心を隠すように、瀬那は笑顔を浮かべる。
「なにか食べたい物ある?」
「……いや、何でも良い。冷蔵庫の中の物は好きに使え」
「うん。ありがとう」
そうして枢はリビングのソファーに座った。
対面キッチンなので、枢の様子が見える。
枢を気にしないように背を向けて冷蔵庫の中を漁ると、とてと一人暮らしとは思えない食材の量が冷蔵庫を占めていた。
「これ、本当に使って良いのかな……」
瀬那が手に取った肉はA5ランクの霜降り肉。
さらに無農薬野菜に、キャビアの瓶まで発見してしまった。
いったい瀬那にどんな料理を期待したのか。
「えっと……枢?」
「なんだ?」
キッチンから呼び掛けるとすぐに返事がした。
「私が作れるのは普通の、本当に普通の家庭料理だからね」
こんな高級食材を揃えられても、プロの料理人のような料理は不可能だと暗に告げて念を押す。
「ああ。それでいい」
その返事にほっとしつつ、料理に取りかかった。
無難に魚を焼いて、野菜を炒めて、具沢山の味噌汁を作った。
ダイニングテーブルに並べて席に着く。
本当にこんなので良いのかと不安になりながら枢の様子を窺っていると、特に嫌な顔をすることもなく食べ始めた。
食べ方も綺麗だなんて思いながら、あまりにも見過ぎていたのだろう。
「食べないのか?」
そう言われて、瀬那は慌てて目を逸らして箸を持つ。
「うまい」
ぽつりと告げた枢の言葉に、顔を上げた瀬那は嬉しそうに微笑んだ。
食事が終わり食器を洗おうとすると、後ろに枢が立った。
「洗うのはいい」
「えっ、でも……」
「それぐらいは俺でもできる」
食器を洗う枢を想像してしまい、あまりに似合わなさすぎて瀬那はクスクスと笑った。
「なんだ、急に?」
「だって、枢が食器を洗ってるなんて凄く貴重」
「俺だって食器ぐらい洗える」
怒っているわけではないが、不服そうに眉間に皺を寄せる枢に、瀬那はもう一度笑った。
「ふふふっ。スマホ持ってくれば良かった。そしたら貴重な姿の枢の写真を撮るのに」
「……そんなに撮りたいなら、また明日撮ればいいだろ」
「明日?」
「そうだ。明日も明後日も、これからいつだって機会はある」
そっと、枢の手が瀬那の頬に添えられる。
枢の漆黒の瞳が瀬那を見下ろしていて、目がそらせない。
これほど近くその瞳を見つめることになるだなんて、少し前の瀬那には思いもしなかった。
ずっと気になって、気になったけど決して近付けない。
その瞳が目の前にある。
目の前でその瞳に瀬那を映している。
金縛りにあったように動けなくなった瀬那に、枢がゆっくりと顔を近付けていく。
段々近付いてくる枢を見つめ続けた。
そして、互いの唇が触れそうになった時、枢のスマホが音を立てて鳴り出して、瀬那は我に返った。
枢が小さく舌打ちしてスマホを取りに行くのを見送ってから、瀬那は赤くなる顔を両手で隠した。
少しして戻ってきた枢に、瀬那は早口でまくし立てた。
「瀬那」
「わ、私もう帰るね! また明日っ」
慌てて飛び出し、枢の部屋を後にした瀬那は、自分の部屋に入って、その場にへたり込んだ。
バクバクと心臓が激しく鼓動している。
あのままスマホが鳴らなかったら……。
そう考えると、再び顔に熱が集まってきた。
「どうしよう。明日顔見られない」