枢と並んで歩くというのはなんだか変な感じがした。
 今の枢はスーツを着ていて、いつもの制服姿よりも大人っぽく見える。

 パーティーで女性達が肉食獣のような目で見てしまう気持ちも分かる気がする。

 お互い何も話すことなくコンビニ着いた。


 カゴを持つと、アイスのコーナーに直行して、気になったアイスをこれもあれもと入れていく。

 ついでに歩のもと手を伸ばすと、枢から呆れた声が。


「そんなに食うのか?」

「私のだけじゃなくてお兄ちゃんのもだから」

「それにしたって……」


 多すぎるだろと言いたいようた。


「お風呂上がりは食べたくなるんだもん」


 枢を無視してアイスをカゴに入れると、枢が近付いてきて瀬那の髪の匂いを嗅いだ。

 固まる瀬那に構わず、枢は匂いを嗅ぐと。


「風呂上がりか」


 などと呟いて、一人納得している。

 瀬那から香るシャンプーの匂いでも感じたのだろうか。

 そう思うと、カッと頬が紅くなる。

 瀬那は口をパクパクさせて何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。

 枢が特に態度が変わらないからなおさら気にしている自分の方がおかしいような気がしてくる。


 さっさとレジに向かった枢の後について行き、店員にカゴを渡す。


 店員が値段を言ったので、財布を取り出そうともぞもぞしている内に、枢がカードを店員に渡してしまっていた。


「えっ、一条院さん、いいよ私のアイスだし」


 しかし、枢は瀬那の言葉など無視してお金を払ってしまった。


「ほら」


 そう言って瀬那にアイスの入った袋を渡すと、さっさとコンビニから出て行ってしまった。

 瀬那は慌てて後を追う。


「一条院さん!」


 しかし止まる気配のない枢をもう一度呼ぶ。


「一条院さんってば」

「なんだ」


 ようやく返事が返ってきてほっとしたが、足を止めることはない。


「なんだじゃなくて、お金払うから」

「いい」

「いや、一条院さんに払ってもらうわけにもいかないし」

「いいって言ってるだろ」

「そういうわけには……」

「いいから取っとけ」


 有無を言わせぬ枢の雰囲気に、これ以上は機嫌を損ねるだけだと思った瀬那は、ありがたく奢ってもらうことにした。


「……分かった。ありがとうございます、一条院さん」


 枢に向かって頭を下げる。
 そして、顔を上げると、枢が足を止めて瀬那を見ていた。

 あまりにもじっと見られていたので居心地が悪い。


「えっと……何?」

「枢」

「えっ?」

「枢だ」


 いったい枢が何を言いたいのか分からなかった。


「えっと、一条院さんの名前がどうかした?」


 聞き返すと、枢の眉間の皺が寄る。


「枢だ。一条院さんじゃなく、枢と呼べ」


 ようやく枢の言いたいことが分かったが、瀬那は無理無理と頭を横に振った。


「いやいや、一条院さんの名前を呼ぶなんて恐れ多いから」


 ただでさえ、愛菜が枢のことを枢君と呼んでいることで反感を買っているのを見ているのだ。
 瀬那まで呼び始めたらいらぬ火の粉が飛んでくる。


「いいから、これからそう呼べ」


 なんと横暴な。


「無理無理、そんなの……」


 すると、枢が瀬那との距離を詰める。
 そして、不機嫌な顔で瀬那を見下ろす。


「枢だ。言ってみろ」


 無理と思ったが、枢の有無を言わさぬ瞳。
 言わなければとても許してくれそうにない。


「か、かな…めさん?」


 おそるおそる名前を呼んでみると、枢はまだ不服そうだ。


「違う、枢だ」

「……枢?」


 呼び捨てで呼んで、初めて枢は満足そうに口角を上げた。


「そうだ。これからはそう呼べ。アイスの礼はそれでいい」


 満足したのか、枢は振り返りマンションへと続く道を歩き出した。


「えー」 


 瀬那の何かを言いたげな声は枢には届かなかった。