翌日学校へ行くと、対愛菜の鉄壁の体制が整えられていた。

 主導しているのは瑠衣であった。


 瑠衣は、ノワールだけでなく、クラスメイトや枢のファンクラブの子達にも声を掛け、愛菜対策を取っていたのである。


 どういうことかというと、愛菜が枢の所へ行こうとすると、すかさずノワールのメンバー、もしくはクラスの女の子達が愛菜に話し掛けることで愛菜の行く手を遮るというものだ。

 そもそも、昨日瀬那と盛大にやりあって、翌日に何事もなく枢に話し掛ける神経を疑うが、それを美玲に言うと、愛菜だからで瀬那は全て納得してしまった。


 どうせ昨日の告げ口をして悲劇のヒロインぶるためじゃないのと、美玲の目は冷ややかだ。


 だが、クラスメイトに邪魔されて愛菜は中々枢に近付けない。
 そうなこんなしていると、突然の席替えが行われた。

 そうした結果、枢は右端の一番後ろ、そして愛菜は左端の一番前というもっとも離れた位置になった。 


 これも瑠衣が裏工作をしたともっぱらの噂だ。


 それによりさらに枢に遠くなった愛菜は不機嫌そうにしているが、愛菜以外の生徒達は過去ないほどの団結力を見せている。


 そらから数日が経つが、愛菜は枢に話し掛けるどころか近付くことすらできていない。


「このまま卒業までやってくつもりかな?」


 いつもの非常階段での一時。
 瀬那は枢の顔を覗き込んだ。


「そうじゃないか?」

「私の所にも来ないようにしてくれてるみたいだけど、いつまで通用するやら」


 以前に愛菜はそっちでなんとかしてくれという言葉の通り、瑠衣は色々と動いてくれているようだ。
 枢だけでなく瀬那にも近付こうとすると必ず邪魔が入るのも瑠衣の指示らしい。

 おかげで瀬那の日常は平和そのもの。

 枢のファンクラブも味方に付けたので怖いものなしである。

 できることならこのまま平穏が続いて欲しいと願っている。

 思えば、三年になってからだ。
 こんなに次から次へと色んなことが起こるようになったのは。
 何とも濃い数ヶ月だった。
 春だった季節は夏へと移り変わろうとしていた。


「少し前までこんなことになるなんて考えられなかったなぁ」

「なんだ急に?」

「枢が隣にいることとか。こうして一緒にお弁当食べてることとか。なんだか信じられないなって」


 そう言うと、枢の顔が迫ってきて、軽く触れるキスをされる。


「こんなことをするようになるなんてか?」


 枢の不意打ちに瀬那の頬が赤くなる。
 枢はしたり顔で口角を上げている。

 瀬那一人が動揺してるようでなんだか負けた気がする。


「枢がそんな性格なんて思わなかったっ」

「なんだ、こんな俺は嫌いか?」

「っ、その言い方はずるいと思う」


 嫌いはずがない。

 面倒な愛菜に自分から喧嘩を売る程度には枢が好きなのだ。

 けれど、癪なので言葉にしたりしない。

 すると……。


「俺はずっと好きだった」


 枢を見ると吸い込まれそうな漆黒の瞳に魅入られる。


「でも、お前は生徒会長と付き合ってるものだと思ってた」

「そうなの?」

「ああ。仲が良さそうにしていたから俺が入る余地はないと諦めてた」


 初耳である。
 まさか枢がそんなことを思っていたことに瀬那は驚きが隠せない。


「なのに、付き合ってないって聞いて、それなら逃がすかって思った。お前も俺を見ていたと分かったからな」


 そう言われると、なんだかその頃から瀬那が枢に気があったように聞こえる。


「ずっと見てるだけだった。その視線が俺に向けられる度に嬉しくて仕方がなかった」


 それは瀬那だって同じだ。
 枢の視線が瀬那を向く度に、その瞳に囚われていった。
 気になって仕方がなかった。


 枢の手がそっと瀬那の手に触れる。


「今こうして触れてるのも正直まだ信じられない。瀬那と一緒だな」


 柔らかな笑みを浮かべる枢の手の上に空いてるもう片方の手を乗せる。
 この温かさは偽物ではない。


「お互い気になってたのにずっと声を掛けなかったなんて、私達似たもの同士ね」

「臆病だっただけだ。けど、これからは躊躇うことはしない」


 枢は両手で瀬那の手を包む。


「遠くから見ているだけなんて満足できない。お前の側でお前を見ていたい」


 なんてストレートな愛の告白だろう。
 自然と瀬那の顔に笑顔が浮かぶ。


「私も。見てるだけじゃなく枢に触れたい」


 視線から始まったお互いの距離は、今こうして実を結ぶ。


 誰も来ない静かな非常階段で、二人の距離が重なった。