「枢はこれまであなたに気を持たせるようなことはしてなかったはずよ。そんな中途半端なことをするような人じゃないもの」


 むしろ、どこをどう勘違いしたら好かれていると思うのか疑問に思うほどの冷たさだった。

 しかし、その言葉に愛菜の怒りに火を点けたようだ。


「枢君のことを知った風なこと言わないで! 枢君のことなんて何も知らないくせに!」

「あなたなら知ってるって言うの?」

「勿論。だって枢君と一番一緒にいたのは私だもの」


 そう自信に満ちた顔で愛菜は言った。
 それを見た瀬那は目を細める。


「じゃあ、聞くけど、枢の好きな食べ物は?」

「好きな食べ物?」

「そうよ。それだけ自信満々ならそれ位知ってるよね?」


 分かりやすく動揺した愛菜は視線をうろうろさせる。
 それだけで、知らないことが誰の目にも明らかだった。
 

「もしかして、ずっと一緒だったのにそんなことも知らないの?」


 わざとあおるようなことを言って愛菜を挑発する。


「か、枢君は好き嫌いとかないもの」

「はい、不正解。甘い物よ」

「……え?」

「枢は甘い物が好きなの」


 以前にサンドイッチを作った時にフルーツサンドから手を付けたことを思い出して、食後にデザートを出したら、ペロリと平らげた上におかわりを要求してきた。

 枢の見た目からは想像できないが、枢が大の甘党だということは、普段枢の食生活を握っている瀬那だからこそ知っていることだ。


「嘘! 枢君が甘い物を食べてる所なんか見たことないもの!」

「そんな噓付いてどうするの? 枢に聞けばすぐに分かることなのに」


 そう返せば、愛菜はぐっと言葉を飲み込む。


「枢のことなんにも見てない。枢のためとか言ってるけど、全部自分ためじゃない」


 これは以前から瀬那が愛菜に言いたかったことだ。
 いつも一方的にしゃべって、枢が何かを言う暇もない弾丸トークを披露し、枢が迷惑がっているのに気付こうともしない。

 自分の思いを押し付けるだけで、相手を気遣うということをしない。

 枢は良くも悪くも自分の影響力をよく分かっている。
 だから、これまで決して愛菜を邪険にすることはしなかった。
 枢がそんなことをしたら即座に愛菜の風当たりが悪くなるのを分かっていたからだ。

 無視をするということでそれとなく愛菜から離れるようにしていたのに、愛菜はそれを良いように取ってしまった。
 自分は側にいることを許されている。他の子とは違うんだと。

 さすがに最近の愛菜は盛大な勘違いを周囲に口にするようになったので、枢も我慢の限界を超えてしまい、今朝などは分かりやすく冷たく拒絶を口にしたが、愛菜にはそれだけでは足りなかったようだ。
 

「あなたは枢のことを見てるのに全然見てない。見ようともしない。枢を知ったかぶっただけの人にとやかく言われたくないわ」


 枢の優しさを分かろうともしない。
 冷たいように見えるが、あれでいて情が深いことを瀬那は知っている。
 それは、瑠衣や総司、そしてノワールの子達も。
 だからこそ枢についていくのだ。


 言いたいことを言えてスッキリした瀬那は、興奮を抑えるようにふうっと息を吐いた。

 
「皆、もう行こう」

「いいの?」

「うん」


 唇を噛み締めうつむく愛菜の横を通り過ぎる。
 愛菜はそれ以上何も言っては来なかった。


「あれで理解したのかな?」


 後ろを振り返りながら美玲が疑問を口にする。


「して欲しいとは思うけどね」


 正直言うと、あれで納得したかどうかは瀬那には分からなかった。

 けれど、これまでずっと言いたかったことは伝えた。


 そこから先は瀬那の領分ではない。

 瀬那は視線を向ける。
 どこから聞いていたのか分からないが、ずっと瀬那達の様子を窺っていた瑠衣と総司に。

 後はあなた達の仕事だと伝えるような強い眼差しを向けた。