その日の授業が終わると、瀬那の元にはすぐに美玲がやってきた。
「結局新庄さん戻ってこなかったね」
「うん」
愛菜の席は空席のまま。
鞄だけは置いてあるが、朝以降愛菜が教室に戻ってくることはなかった。
枢は勿論、瑠衣や総司ですら捜すことなく放置しているようだ。
「まあ、あれだけ一年生に自信満々に一条院様と付き合うとかほのめかしてたのに、瀬那ちゃんと付き合ってるのを本人から知らされちゃったんだもの。顔見せづらいよね」
「まあね……」
愛菜はどこから来るのか分からないが、枢と相思相愛だと思っていた節がある。
元来の空気の読めなさから来るのか、思い込みが激しいのか分からないが、お昼の時もきっと瀬那と枢がキスしていたのを見ていたはず。
さすがの愛菜も現実を受け入れざるを得なかったのだろう。
それで教室に来づらかったのかもしれないと、瀬那は思う。
自分とて、枢が誰かとキスしているところを見たらショックが激しい。
愛菜には色々と迷惑を掛けられたが、そこに関しては同情を禁じ得ない。
「神崎さん!」
名を呼ばれて振り返った瀬那の腕を、右から左からしがみ付かれる。
しがみ付いているのはクラスで仲の良い女の子達だ。
「えっと……なに?」
女の子達は満面の笑みで瀬那を捕獲している。
「今日は帰りにパンケーキでも食べに行こう」
「逃がさないから」
その目には、枢とのことを根掘り葉掘り聞き出そうという意思が見え隠れしている。
頬を引き攣らせる瀬那の正面にいた美玲が逃げようとしたが、瀬那はすかさず美玲の制服を握った。
ぎょっとした顔をする美玲。
「一人だけ逃がしてなるものか」
「瀬那ちゃん、私はちょっと野暮用があって……」
「問答無用」
「えー」
不満を述べる美玲を離さず、そして女の子達も瀬那を離さない。
仕方なく全員でパンケーキの店に行こうとなって、玄関で靴を履き替えていたその時。
靴を履くために下を向いていた瀬那の前に、誰かの足が見えた。
顔を上げると、そこにいたのはずっといなかった愛菜で、愛菜は固い表情で両手を握り締めている。
何か言いたげに目の前に立つ愛菜を、瀬那は静かな眼差しで見続けた。
美玲やクラスの女の子は少し離れて様子を見ている。
そんな中で愛菜が発した言葉は……。
「枢君を返して!」
「は?」
「枢君を返してって言ったの!」
何を言うのかと瀬那は唖然としてしまった。
「瀬那ちゃんは他の男の子からも人気があるんだから、別に枢君じゃなくてもいいでしょう? だから、枢君と別れて。私に返して」
頭痛を覚えると同時に、その愛菜の言い草にカチンときた。
「嫌よ」
単純明快に、愛菜でも分かるように一言で拒否を示した。
すると、愛菜は驚いた顔をする。
「どうして!?」
「どうして? そんなことも分からないの? そもそもなんの権利があって私にそんなことを言うの?」
「権利って……。私はずっと枢君といたの。枢君と一番仲が良いのは私だから、だから……」
誰が見ても仲が良いようには見えないが、それを言ったところで愛菜は聞く耳を持たないだろう。
なにせ人一倍思い込みが激しいから。
「たとえ仲が良かったとして、あなたは枢の何?」
「何って、仲の良い……」
「仲の良い何? 友人? 同級生? どっちにしても、付き合ってるのは私と枢の意思よ。そこに他人が口を挟むべきことではないわ」
「わ、私は枢君のために言ってるの」
「あなたさっき返せとか言ってたじゃない。枢を私にって」
「だって、枢君の一番側にいたのは私なの。それなのに突然瀬那ちゃんが現れて枢君を取っていくなんて、そんなの酷い!」
話を聞いていた美玲が目をつり上げて来ようとしたが、首を横に振って制止した。
美玲は不服そうにしたものの、瀬那の意思を尊重して傍観者に徹してくれた。
「酷いも何も、枢は元々あなたのものではないないでしょう? 恋人だったの? 違うでしょう?」
「ち、違うけど、瀬那ちゃんがいなかったら枢君と付き合ってたのは私だったもん!」
その自信がどこから来るのか知りたい。
あれだけ枢に邪険にされていたというのに。
「枢が言ったの? あなたのことが好きだって。付き合いたいって」
「それは……」
最初の威勢はどこへやら。
今にも泣きそうな顔をしている愛菜を見ていたら、瀬那の方がいじめているように見えるだろう。
しだいに野次馬が集まってくる。
こんな玄関前で騒いでいたら人目を引くのは当然だ。