瀬那を無視して続けられる枢への溢れすぎる愛。
 いつまで続くんだろうと右から左へ受け流していると、「聞いているのですか!?」と怒鳴られる。

 理不尽さを感じながら視線を戻すと、怒りで顔を赤くしている。


「私達は一条院様を第一に想い、決して邪魔にはならぬよう努めてきました。でも口を出さずにはいられないの。あの空気を読まない脳内花畑女よりは比べるまでもなくましであることは認めるわ」


 脳内花畑女とはずいぶんな言われようであるが、瀬那も愛菜に関しては否定しない。


「けれど、やはり一条院様にはもっと相応しい方がいらっしゃると思うのよ!」 


 彼女達の気持ちは分からないでもなかった。
 好きな人に彼女ができればショックだろう。
 けれど、それを決めるのは枢であり、枢と瀬那で決めたことを他人にとやかく言われたくはない。


「話はそれで終わりですか?」


 あまりにドライな反応の瀬那に、会長はたじろぐ。
 もっと泣くか怒るかするとでも思ったのかもしれない。


「なっ! それだっけって、全然伝わっていないじゃない!」

「伝わっていますよ。ようは、枢は神で、皆さんはそんな枢の敬虔な信者ってことですよね?」

「ま、間違ってはいないけれど、私達が言いたいのはそういうことではないのよ!」

「……ここで一つ提案があります」


 再び瀬那への口撃が始まりそうなところで、瀬那が先制パンチを入れる。


「なによ」

「ぜひ、私と友達になって下さい」


 にっこりと、瀬那は会心の笑み浮かべる。


「はぁ!? 何を言ってるの、あなた!」

「頭おかしいんじゃないの?」

「友達になんかなるわけないでしょう!」


 酷い言われようだが、瀬那は意志を曲げない。
 本題はここからだ。


「皆さんが枢のことを凄く大事に思ってくれてることは伝わりました。枢もあなた達のような人がいて幸せ者ですね」


 一旦持ち上げると、彼女達はドヤ顔で気分を良くした。


「私はそんなあなた達にも、枢とのことを認めてもらい、これまで通り陰から見守っていただきたいと思います」

「見守るなんてできないから、こうして苦言を呈しているのでしょう!」

「まあ、話は最後まで」


 すると、しぶしぶ口を閉ざした。
 なにげに、人の言うことを聞く辺り悪い人達ではない気がする。


 瀬那はスマホをポケットから取り出して、ポチポチと操作を始めた。


「ファンクラブの皆さんには、私達のことを見守って下さる大事な友人関係を築きたいと思ってます。その代わりに、私も友人である皆さんの活動を支援いたしましょう」

「支援?」


 意味が分からず首を傾げる彼女達に、瀬那はスマホの画面を見せた。

 その瞬間、彼女達は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「そ、そそそ、それは……」


 瀬那はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


「はい。学校では絶対に見られない、普段着姿で家でリラックスしている枢の写真です」

「いやぁぁぁ!」

「一条院様の私服姿!!」

「尊い!」


 瀬那の見せた枢の写真は予想以上の効果を見せた。
 そもそも枢は写真を撮られることが好きではないので、自然と枢の写真を撮ろうとする者はおらず、枢の写真は学校の行事で撮られた写真位しか存在しないのだ。
 それだって、遠目に映っていたり、半分切れたりしていて、瀬那が見せたような枢一人のアップは貴重品だった。

 会長は目を血走らせて写真から瀬那へと視線を変える。


「神崎さん。あなたたった今支援とおっしゃいましたね。まさかその写真を?」


 すると、会長の言葉に反応した他の女子も、同じように目をギラギラさせて瀬那を見る。


「あなた方が、私と枢のことを見守ってくださるならです。もし、嫌だとおっしゃるなら……」


 言い終わる前に、会長が瀬那の手を握り締める。
 あまりの力強さにちょっと手が痛い。


「見守ります。見守りますわよね、皆さん!?」

「ええ、勿論! 今日から私達はあなたの親友です!」

「私実はお二人はお似合いだと思ったんです!!」

「あなた以上の人はきっと現れないわっ!」


 この手のひらの返し方はむしろすがすがしい。
 今や主導権は瀬那が握っていた。


「いいでしょう。ただし、条件があります」

「なんでもおっしゃってぇぇ!」

「一つ、私と枢が付き合っていることに文句を言わない。嫌がらせをしない」


 彼女達は首がちぎれんばかりに頷いている。


「二つ、そういう嫌がらせをしようとしている人がいたらそれとなく止めてくれると助かります」


 まあ、こればかりは念のためだ。
 彼女達だけで全ての嫌がらせがなくなるとは思っていない。


「三つ、ファンクラブへの支援として、月に一度枢のプライベートショットを送る代わりに、決してこれを関係者以外には見せないこと。この三つ目は特に厳守です。SNSにあげるなど以ての外。仲の良い友人どころか、親や兄弟でも見せるのは禁止です。それが破られたと判断した瞬間、この支援は一方的に破棄します」

「必ず守りますぅぅ!」

「ファンクラブ全員の血判を押します!」

「決して外部には漏らしません!!」


 瀬那はにっこりと笑って、「じゃあ、連絡先交換しましょうか」と言うと、光の速さでスマホを差し出してきた。


 無事連絡先を好感し終えた彼女達に、先程見せた写真を送る。


「ああ……今日はこれでご飯三杯はいける」

「私は五杯……」

「美しい……」

「じゃあ、これからよろしくお願いします。くれぐれも写真を外に漏らさないように」

「ああ、神様仏様神崎様。このご恩は一生忘れません」


 最初の威勢はどこへやら。

 その場を去る瀬那に向かって、彼女達は拝み続けた。