その後授業が始まっても愛菜が帰ってくることはなく、休憩時間ごとに瀬那の姿を見に来る生徒達に辟易していたことで、愛菜のことはすっかり忘れさっていた。
それはきっと他のクラスメイトもだろう。
付き合っていることが周知されても、教室内で瀬那が枢に話し掛けることはなく、また枢が話し掛けてくることもなかった。
そんな様子に、本当かと疑う者もいたが、枢と瀬那の当人達が付き合っていると明言したところを多くの人の耳が聞いていたのだ。
そこから話は広がり、今や周知の事実として認められた。
美玲によると、瀬那の親衛隊にも入っていた新聞部部長が泣きながら号外を書き、それが配られたことも一役買っているようだ。
瀬那の親衛隊は、瀬那の幸せを見守るという姿勢でいる。
まあ、喧嘩を売ったとしても枢が相手なので瞬殺されて終わるだろうが。
問題は枢のファンの方である。
比較的、二人が付き合っていることに好意的な声の方が圧倒的に多かったのは瀬那も驚いた。
もっと悪口が非難の声が殺到すると思っていたのだが、瀬那が相手なら仕方ないかという空気になっている。
そこにはあの愛菜が相手より、大人しく優等生な瀬那の方が断然納得できるという意味合いも含まれている。
いかに愛菜が嫌われていたかが窺い知れるというものだ。
が、嫉妬の声がないわけではない。
以前揉めた花巻さんからは、あからさまな嫌味を言われ、美玲が応戦するなんてことも。
しかし、以前のいじめの証拠を握っている瀬那には嫌味以上の何かをすることはできないようなので、嫌味くらいは許容範囲だ。
枢と付き合った時から、全ての人に祝福されるとは瀬那も思っていなかった。
それだけ枢はこの学校で絶大な人気があるのだ。
それを実感させられることになる昼休み。
瀬那はいつものようにお弁当を持って非常階段へ向かおうとしていたのだが……。
「瀬那ちゃん、瀬那ちゃん」
「なぁに、美玲?」
「とうとう来たよ」
「何が?」
「呼び出し」
美玲が教室の出入口を指すと、そこには複数名の女子生徒の姿が。
「一条院様のファンの子達だよ。瀬那ちゃんを呼んで来いって」
「思ったより早かったなぁ」
「瀬那ちゃん、行くの? 私も付いていこうか?」
「ううん、大丈夫。それに対策はあるって言ってたでしょう」
心配そうにする美玲の肩を叩いて、瀬那は気合いを入れて枢のファン達の所へ向かった。
早く枢のいる非常階段へ行けることを願いながら。
「神崎さん。ちょっと良いかしら?」
最初に声を掛けてきたのは、枢のファンクラブの会長だ。
美玲の情報によると、大会社のご令嬢らしい。
「何か?」
「少しお話ししたいの。一条院様のことでって言えば話は早いかしら?」
にこりと微笑みを浮かべているものの、その目は笑っていない。
けれど瀬那は臆することなく笑みを浮かべてみせた。
「ええ、いいわよ。でもここだと周りに迷惑だから場所を変えない?」
「あら、随分と冷静なのね」
ヒクヒクと口元を引き攣らせているボスと、その後ろで敵意をみなぎらせている他のファン達を引き連れ、瀬那はみずから人気の少ない体育館裏へやって来た。
「それで、お話とは?」
「そんなこと聞かなくても分かっているでしょう? あなたどういうつもりで一条院様と付き合ってるなんて言ってるの?」
「どうもなにも、お互い好き合ってるから付き合ってるんですが?」
「なんて厚かましいの!」
「親衛隊がいるのか知れないけれど、一条院様に釣り合ってないって分からないのかしら!?」
「身を引くべきじゃないの!?」
きゃんきゃんとわめくわめく。
しかし、会長がすっと手を上げると、ピタリと止まった。
その連携に思わず瀬那は感心する。
まるでポメラニアンと調教師のようだ。
「神崎さん。私達は一条院様のファンクラブを自称しております。正式に認められているわけではありませんが、誰もが一条院様を崇拝し、その御身の幸せを願っているのです。あの神に祝福された美しさ、聡明で産まれながらもつ覇者の空気。それはもう神! まさに一条院様は私達にとって神なのです!」
「はあ……」
うっとりと枢の素晴らしさを延々と説く彼女に、瀬那はお腹空いた……と思いながら空の雲の模様を眺めた。