「あー、週明けが怖い」
「諦めろ」
「人ごとみたいに」
恨めしげに枢を見上げるが、枢に効いた様子はない。
手を握ったまま、枢は部屋の中を横切り、中二階へと向かうと、そこにはソファやらテーブルやらが置かれていて、一つの生活できる部屋になっていた。
そんなソファーには、総司が雑誌を開いて横たわっており、向かいには瑠衣が座りパソコンをいじっていた。
二人は枢を……正確には瀬那を連れた枢を見て驚いた顔をしている。
「下が騒がしいと思ったらそういうこと」
「えっなに? 手繋いじゃって、お前らそういう関係だったの?」
総司が目ざとく握られた手を見てそう問うと。
「ああ。付き合ってる」
枢はなんの躊躇いもなく肯定して見せた。
すると、下から「ぎゃぁぁ、やっぱりそうだってよ!」と、悲鳴が聞こえてきたが無視することにした。
空いているソファーに二人並んで座ると、瑠衣と総司の視線が集まる。
「はあ、愛菜が知ったら大騒ぎしそうだな」
「いや、絶対するだろ。面倒臭ぇ」
それには瀬那も激しく同感である。
「それにしても、二人がねぇ」
瑠衣が品定めするような目で見てくるので、瀬那は居心地が悪いといったらなかった。
「瑠衣」
嗜めるように枢が名を呼べば、瑠衣は芝居がかったように大袈裟に肩をすくめた。
「はいはい。何もしないよ。最近枢がここに来ないと思ったらそういうことだったわけだ」
「ああ」
「神崎さん」
突然名前を呼ばれた瀬那はビクッとして背筋を伸ばす。
それを見た瑠衣は苦笑を浮かべた。
「何も変なことしないから怯えないでよ。枢とのことをどうこう言うつもりはないんだけど、忠告だけしておこうと思ってね」
「忠告?」
「そっ。知ってると思うけど、枢には熱狂的なファンクラブがいてね。きっと今頃下の奴らが噂を広めてるだろうから、週明けには学校中知られてると思うよ。そのファンには気を付けてって言っておこうと思っただけだよ」
瀬那は神妙に頷いた。
それはもう、枢と付き合う時から覚悟の上だ。
「枢のファンのことは考えがあるので大丈夫、だと思う」
「へぇ、さすがあの花巻さんに喧嘩売っただけあるね」
瑠衣は感心しているようだが、瀬那には茶化されているようにしか聞こえない。
「くっ……」
吹き出すような声が横から聞こえて見ると、枢が口元を手で隠し笑いをこらえていた。
「かーなーめー」
きっと、瀬那が花巻さん達を相手におこなった大立ち回りを思い出したのだろう。
恨めしげに見れば、さっと視線をそらした。
「笑うなら大声で笑えばっ」
「笑ってない……」
「説得力ない!」
ふと見ると、瑠衣と総司が目を丸くして呆気にとられていた。
「あの……」
瀬那が声を掛けると、瑠衣は我に返ったようだ。
「あー、ごめん。枢がそんな風に笑うなんて珍しくて」
総司が同意するようにコクコクと頷いている。
「本当に付き合ってるんだね」
「さっきからそう言ってるだろ」
「だって、あの枢だからさぁ。信じられないって言うか……」
「同感」
「まあ、愛菜につけいる隙はないってことがよく分かったよ」
「その新庄さんですけど、彼女はそっちでなんとかしてくれませんか? 枢のファンはなんとかする自信があるんですけど、彼女はさすがに……」
苦い顔をする瀬那に、瑠衣は申し訳なさそうにする。
「まあ、できるだけのことはしてみるよ。けど、無駄にポジティブっていうか、空気が読めないっていうか……」
「くれぐれもお願いします」
念を押してお願いする。
愛菜への対処法は瀬那の辞書には載っていないのだ。
そこから世間話をしていた瀬那のスマホが突然鳴る。
着信相手は美玲だった。
「美玲?」
『瀬那ちゃん、大変だよ』
「どうしたの?」
『友達から連絡が回ってきて、瀬那ちゃんと一条院様が付き合ってるって』
「えっ、もう美玲の所まで回ってきたの?」
『うん。瀬那ちゃんと一番仲がいいのは私だから、さっきら通知音が鳴り止まないよぉ。どうして急に?』
「今私ノワールにいるの。多分そのせい」
『あー、なるほど。それで』
まさかこんなに急速に話が回っているとは瀬那も予想外である。
「月曜日、学校行きたくない……」
『そんなこと言ってたらずっと行けなくなるよ』
瀬那は深い溜息を吐いた。
「早急に対処法実行できるようにしておかなきゃ」
『その方が良いと思う。絶対に呼び出されるよ、瀬那ちゃん』
頑張ってと、応援されて電話を切った瀬那は、月曜日のことを考えて憂鬱になってきた。
「勉強する気なくしてきた……」
うなだれる瀬那の頭を枢が優しく撫でた。
「何かあったら言ってこい。俺が対処してやる」
「枢が出てきたら余計に悪化しそうだけど、その時はお願い」
そうならないことを願うばかりだ。