美術室を後にした私は、特に行く当てもなくオレンジ色に染め上げられていく廊下を歩いていた。大家先生は一人になりたいかと思って美術室を出てしまい、さらに階段までは一本道だからと歩いてきてしまったけれど、この後、正直どうしていいか分からない。
ここで、誰かが美術室の展示を見に行くことを止めたほうがいいのだろうか。というか、やっぱり警察に通報すべきでは……悶々と悩みながら歩いていると、ふと校庭に真木くんらしきパーカーを着た生徒を見つけた。
私は慌てて駆け出して、上履きから靴へと履き替え、校庭の中央、真木くんがいた辺りへと急いだ。けれど、看板を持っていたりする呼び込みの生徒や、食べ歩きをする人も多くて中々たどり着けない。やがて、この人だ! と思う背中を叩こうとすると、その背中に書いてある文字をみて絶句した。
「く、クラスパーカー」
私が真木くんだと思ったその人は、クラスパーカーを着た他のクラスの生徒だった。四組、たしかに紫のクラスパーカーを買ったと言っていた気がする。私のクラスも作るか話になったものの、売上が赤字になったらクラスの子達から代金を徴収しなきゃいけなくなるし、そもそも衣装を着るからとナシになっていた。
となると、真木くんと入れ違いに……? 一応たこ焼き屋さんをしているクラスのブースを覗いても、真木くんの姿は見えない。戻らなきゃ、と思って踵を返そうとすると、後ろから腕を掴まれた。
「めーちゃん、待って」
「ま、真木くん!」
真木くんが、少し汗をかきながら私の腕を掴んでいた。「つかれた……なんで動くの……」と不満げな顔で、「ごめん」と謝る。でも、流石にどうして動いてたか、何をやっていたかは伝えられなくて口籠ると、「ああ、俺もごめんしなきゃ」と真木くんは頭を下げてきた。
「たこやき、買い方分かんなくてめーちゃん探してたんだ……だからまだないの。ごめん……」
真木くんは自分の手を開いて、「なんもないの」と呟く。
「大丈夫だよ、これから買いに行こう? まだどこのお店も売ってるよ」
そう言って、私は真木くんの腕を引いた。その瞬間、わっと声が上がる。
「風船だ! 綺麗!」
「バルーンリリースって今だっけ?」
「スマホ出さなきゃ、写真! 写真!」
それまで、各々違う方向を見ていた人たちが、一斉に空を見上げた。空にはふわりと流れていくいくつものバルーンが浮かんでいて、風を受けて広がっていく。
「あれ、真木くん風船飛んでるね……」
「俺が飛ばした……」
「えっ」
「うそです……」
「真木くん駄目だよ! 疑われちゃうからそういうこと言ったら!」
「むぅ……」
真木くんは、唇を尖らせた。そして手遊びをするように、私の手を握る。
「そう言えば、俺に言いたいことってなに?」
「え」
「昨日、明日言いたいことあるって言ったじゃん。もう今日になったよ。なに……」
「それは……ちょっと……」
流石に、さっきの今だし、ここは人通りも多いし、言いづらい。私が口籠ると、真木くんは「いたずら、ですか……へぇ」と今までにない口調で責めてきた。
「違う、いたずらじゃなくて……」
「じゃあなに。新手の、詐欺?」