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 天津丘高校の美術室で、生徒に自分の犯行を暴かれた大家はひとり、姉の絵を見つめていた。水彩紙が痛むギリギリまで色水を吸わせ、天然水晶の粉末を混ぜたアクリルが重ねられたパネルは、夕日を受けて輝いている。今際の別れをするようにパネルへ手を伸ばすと同時に、美術室の扉ががらりと開かれた。

「大家輝、連続晩餐川猟奇殺人事件の件で、同行願えますか」

 そう言って美術室に現れたのは、園村芽依菜の母親である園村詩音と部下である乃木と東条であった。その後ろには大家の教え子である真木が立ち、じっと大家を見つめている。

「自首……するつもりだったのですが」

「はい。我々も、あまりセンセーショナルに報道され、生徒たちに影響を及ぼすことは避けたいと思っておりますので」

「そうですか……」

 大家は抵抗する素振りを見せない。東条と乃木はそんな大家を挟んで立ち、万が一がないよう見えない位置で腕を押さえた。大家は美術室にある姉の絵に目を向けてから、一歩踏み出す。

「大家せんせい。これ、どうぞ」

 それまでじっと大家を見つめていた真木が、傍らに持っていたパネルを差し出した。そこには幼い大家の姿が、今美術室で飾られていたものと同じ技法で描かれ、同じように夕日を受けて輝いていた。目を見開き、絵に心も視界も奪われた大家に、真木は淡々と、それでいて早口で告げる。

「天津ヶ丘高校が取り壊される際、見つかったそうです。工事の作業員がせっかくよく描けているのに勿体ないからと持ち帰ったそうで……借りてきました。裏に、題名もあります」

 そうして、真木がひっくり返したパネルには、『一年四組 大家みずき 私の大好きな弟』と、所属、氏名、そしてタイトルが記されていた。その文字列すべてを読み取った瞬間、大家は大粒の涙を流しながら膝を崩し、乃木と東条を振り払って絵を抱きしめた。

「姉貴……姉貴……!」

 求める声色は幼子のようで、東条と乃木はあっけにとられた。大家は何度も鼻をすすりながら、絵を抱きしめる。その姿は母を求める幼子すら彷彿とさせ、その場にいた誰もが彼を急かすでもなく、押し黙る。

「ごめんな……気づいてやれなくて……! ごめん……! ごめんな姉貴……姉貴……! ごめんな……一人にして……ごめん……ごめん……!」

 大家は、絵を抱きしめながら美術室で泣き、今は亡き姉を想う。その涙は、彼が姉を亡くしてから一度も流したことのないものであった。以降、彼はずっと復讐することだけを考え、緻密に計画を練り生きていた。そして、姉の十周忌の日、自分が姉の夢であった教職の夢を叶えた今年、復讐を開始したのだ。