「だ、だってほら、私が付き合うー! じゃあ付き合おー! って話でもないからさ、付き合うって」
「なにそれ。めーちゃんが付き合うって言ったら、俺も付き合おってなるのに……」
「えっと、えっと……だってほら、真木くんが色々得意になったら、みんなも真木くんのこと好きになるかもしれないし、それに今の真木くんを好きだ! 仲良くなりたいって子も、いっぱいいるよ」
真木くんは数学の試験なら、上位の成績をとる実力は確実にある。もしかしたら、学年トップを取れるかもしれない。けれど毎回彼はケアレスミスを連発し、数学の成績は平均よりちょっと下に落ち着いている。他の主要教科は、基本赤点ぎりぎりだ。でも、もともと頭はいい。きっとどこかで才能が開花して、瞬く間にみんなのヒーローに戻っていったっておかしくはない。
「ねぇ、真木くん。数学さ、もう少しミスをなくせば、もっといい大学とか目指せるんじゃないかな……」
「やだよ。頑張ったら、連れてかれちゃうから……」
「真木くん……」
「頑張ったら、嫌な目に遭う。めーちゃんにほっとかれて、俺は」
真木くんが俯いて、がたがた震え始めた。頭を押さえ、怯え始める。私は慌てて彼を抱きしめ、落ち着けるように背中をさすった。
「うう、ううううう」
「ごめん。ごめんね真木くん」
「……やだ。許せない。めーちゃんのせいだもん……」
「ごめん真木くん、もう言わない、もう言わないよ」
「めーちゃんのせいだ。俺が連れてかれたのめーちゃんのせい、めーちゃんのせいなんだから。めーちゃん約束してくれたのに。俺のそばから離れないって。なのにめーちゃんは俺と一緒にいてくれなきゃだめなのに、何でそういうこと言うの……俺のこと、面倒くさくなっちゃったんでしょう……」
「守る。守るよ」
根気強く背中をさすると、落ち着いてきた真木くんは私の肩にぐりぐり頭を押し付ける。そして、「じゃあ、償ってよ」と、呟いた。
「な、なに真木くん。私はどうすればいい?」
「首、ぎゅってやって、絞めるみたいに」
「は……?」
絞めるみたいにって……もっと抱きしめてほしい……とか? 冬場の真木くんは寒いと私のポケットに手を突っ込んだり、脇に手を差し込んだりする。私はおそるおそる、抱きしめる力を強くした。
「もっと強くして」
「こう?」
「もっと」
「こんな感じ?」
「もっとがいい、もっとぎゅってして、殺す気でして、首を絞めるんだよ。そんな力じゃ、人なんか殺せないよ……」
「でも……」
「償ってよ。早く」
真木くんは冷たい声色で、判決を言い渡すみたいに耳元でその言葉を口にした。私は震える手で彼の首へと手を回す。
「めーちゃんがちゃんとぎゅってしてくれるまで終わらないよー……」
私は意を決して、彼が苦しくないよう力を込めた。
「うん。めーちゃんはずっと、俺と一緒にいればいいの……」
彼は満足気に笑って、私を見て、目を閉じた。
「そーそー、じょーず……、おやすみ」
「駄目だって真木くん、起きて!」
ぐん、と体重がかかってきて、私は真木くんの首から慌てて手を離し、抱き留めた。彼はそのまま私の膝に縋りつき、ぐっすりと眠ってしまった。
◇◇◇
真木くんの、様子がおかしい。変なところを睨んでいたり、首を絞めろと言ってきたり。夜に泣き叫んだり、吐いてしまったりする様子は見えないものの、どこか症状が新しく変化していたり、事件のトラウマが悪化してなのか分からない。
それとなく真木くんのお母さんやお父さんに連絡してみたけど、二人も原因がわからないようだった。このままだと、何か決定的に真木くんが違うところへ行ってしまうような。状況はわからないのに胸騒ぎだけはやけに鮮明だった。
だから久しぶりに文化祭委員の活動もなく、明日の小テストに向けて勉強できると真木くんの部屋で勉強会をすることにして、彼の部屋の様子を観察しようとしたものの、目に見えた変化はない。
「ふーむ」
真木くんは私の部屋で歴史の教科書を興味無さげに眺めては、溜息を吐き肘を掻いた。
彼は数学以外は基本ぐっすりと眠っている。歩いてても眠り始める。この間の体育の帰りだって、自販機で飲み物を買おうとしたら彼が眠り始め、慌てて更衣室に運び、日野くんに引き渡したくらいだ。数学以外のことに興味はないけれど、今日はなんだかとても注意力が散漫に見える。私はやっぱり彼に何かあったのかと部屋を見渡すと、つん、と肘をつつかれた。
「めーちゃん」
「ん?」
「めーちゃんはさ、沖田、すき? 付き合いたい?」
真木くんはシャーペンを人差し指でぐりぐり回しながら、視線だけこちらを向ける。また、付き合うの話が出てしまった。私は話がこじれないよう、「違うよ」と即座に否定した。
「私は、付き合いたいとか、男の子にそんなに興味ないよ」
昨晩、少し真木くんへの答え方について考えた。用意していた答えを返すけれど、正直な気持ちでもある。男子が怖いとかではないけれど、あまり好きではない。
「俺も……男だけど……?」
「それは分かってるよ。真木くんは男の子だよね」
「なら、俺は特別なの?」
「うん。幼馴染だし」
「ふふふ……」