それまでは、真木くんは皆のヒーローだった。でも彼が誘拐されてから部屋に閉じこもり、そして部屋を出て学校に行くようになり、変わってしまった真木くんを見て皆驚いた。

 真木くんを助けたい、支えたいという子が多かったけど、彼が何度も転んだり、授業で失敗したりするにつれ、皆彼から離れてしまった。女子は、どことなく気不味そうに。男子は彼を見ないふりをする。

 だから、私はきちんと真木くんが自分を取り戻すまでそばにいて支えたい。今の真木くんのままだとしたら、危険すぎるし、離れていくことはしない。でも自分を取り戻した彼ならば、きっと人気者になっているはずだ。

「すげーな。そっから園村、真木のこと助けてやってんだな。もう姉ちゃんみたいじゃん」

「そんなことないよ」

 沖田くんが誰かいないか探して、くじ引きでようやく決まった文化祭委員。前の真木くんだったら、きっと自分から立候補していただろう。私が委員なんかをする前に挙手をして、皆の意見をまとめ上げて、予算もぴったりで。時間に追われること無く瞬く間に準備していたはずだ。そして、「すごいね真木くん」と私が驚くと、「そんなことないよ」と、柔らかく笑う。

 きっと女子たちみんな、真木くんを好きだと思う。長い髪に隠れがちだけど、その面立ちは人形みたいに綺麗だ。本当は、私が隣にいていい理由なんて「幼馴染だから」以外にない。でもそう思ってしまった隙に、真木くんは誘拐された。

「えーじゃあ付き合うとかはねえの?」

 沖田くんの問いかけに、心臓がどきりとした。ときめきとは程遠い感触で、噓を突きつけられたような、息苦しさも帯びた痛みだ。

 真木くんを壊してしまった私に、彼を好きだと言う資格なんてない。そして真木くんは私にべったりだけど、それは私が彼を拒絶しないからだ。失敗する真木くんを見て、皆離れてしまって、人間不信に近い状態なのだろう。そして離れなかった私が例外になったのだ。

 私が真木くんを好きだと言ったら、きっと彼はもっと依存を強くしてしまう。それはきっと彼の自立を、より妨げてしまうことになるだろう。

 だから、付き合うなんてない。あっちゃいけない。

 私は曖昧に笑って、真っ黒な布を数えなおしたのだった。