そして、その恐ろしい現象は、真木くんと私が男子更衣室と女子更衣室に分かれて着替えたり、飲み物を一人で買いに行くなど、一歩一歩真木くんが自分を取り戻していくことと比例して、増えてきてしまっているのだ。
私は、真木くんが元気に笑ってくれていたら良いと思う。でもこれから先、真木くんが前の、傷つけられる前の彼に戻った時、私は自分の犯した過ちを忘れてしまいそうで、酷く怖くなるのだ。真木くんが自分を取り戻すことはいいことのはずなのに、それによって私は彼を置き去りにして、当たり前みたいに彼の隣で笑うことが怖い。許されたつもりになんて、なりたくない。
「めーちゃんはさぁ」
ぎゅっと自分の手のひらを握りしめ、手のひらに爪を食い込ませていると、真木くんがもたれかかってきた。びっくりして受け止めれば、彼は「ちゅうがくのやつら、呼ぶの?」と首をかしげる。
「呼ばないかな、そんなに仲いい人もいないし」
高校に入って、私は瑞香ちゃんという友達が出来たけど、それ以前は全く友達が出来ていなかった。元々、私は真木くんにつきっきりで、ずっとそれでも良いと思っていたし友達を作る気すらなかったのだ。真木くんが大怪我をすることなく、平穏無事に今年を終えればそれだけで良かったから、中学校と小学校でのクラスメイトの名前すら半分も言えない、というのが真木くんだけじゃなく、私にもあった。
顔と名前を一致させることが出来ず、呼びかけるときは名前じゃなくて、「あの」という二文字のみ。授業は男女別で分かれることが多かったから、女子の名前は分かるけど、男子に関しては中学三年間、誰と同じクラスでどんな人がいて、何て名前だったか、まったくもって記憶がないのだ。
そうして真木くんをお世話し続けてきたわけだけど、今はなるべくクラスメイトの顔と名前を覚えようとはしていた。
この高校には、同じ中学の人も同じ小学校の人もいない。だから少し安心感、というのもある。今まで真木くんは少しでも事件を連想しそうになるたびに、泣いてしまったり、戻してしまっていた。クラスメイトの顔を見て事件のことを思い出してしまうことだってもちろんある。でも、今この高校で事件について思い出す要因となるのは私だけだ。
「めーちゃん?」
つん、と頬を突かれハッとした。振り向くと真木くんは「また俺のこと忘れてたでしょ……」とジト目で見てくる。
「真木くんのことを考えてたんだよ」
「ほんとにぃ? でもめーちゃん、ずぅっと床見てたよ。さっきまで俺と何話ししてたか、ぜったい覚えてないでしょ……」