家族に、大切にしているもう一人の家族が殺人事件を起こしたなんて、とても言えない。それに二人とも、幼かった。炊飯器の中のご飯を焦がして泣いてしまうくらいには。そんな二人に、「お兄ちゃんは人を殺したから捕まったの」なんて、言えるわけがない。その気持はすごくよく分かる。もし私が彼の立場であったなら、躊躇っていただろうし、もし真木くんが捕まったままだったらと考えると、新しい事件を心の底から悲しめるか聞かれたら、無理だ。
「でも、沖田くんの立場だったら誰だって悩むよ。私も真木くんがあのまま捕まったままだったら、ほっとしない証明なんて出来ないから」
「ん……。あ、そういえば工場、布貰えるとしたら、多分取りに行く感じだよな」
「うん。なしづか縫製工場だって」
「そこ兄貴の職場だわ。今、休んでるけど」
「お兄さんが……?」
尋ねると、「多分、車出してもらえるかも。つうか出させるわ。俺が言っても多分シカトされるだろうけど、自分の可愛い弟と妹が炊飯器で燃えかけた時助けてくれた恩人って言えば、絶対手伝うだろうし」と、スマホをタップする。やがて「やっぱ兄貴の働いてるところであってる」と、頷いた。
車を出してもらえるなら、こんなにありがたいことはない。でも、沖田くんのお兄さんにとって私の存在は、気不味いものではないだろうか。だって、自分を捕まえたカテゴリに属する人間でもあるわけだし、そう思う一方でお母さんは疑うのが仕事だと庇う気持ちもある。彼の様子を窺うと、私の躊躇いが伝わったのか「大丈夫」と短い答えが帰ってきた。
「園村の家、たしかに警察だけどさ、兄貴も朝出入りしたり不審な行動とってたわけだし」
「そういえば……お兄さんの不審な行動って、結局なんだったの?」
「縫製工場の正社員の他に、道路の夜間工事のバイトもしてたらしい、警察の人が教えてくれた。兄貴、俺がバイトするって言うと必ずやめろって止めてきて、バイトするくらいなら実家戻れなんて言われてさ。兄貴のバイトの話聞いてすごいびっくりした」
「バイト……」
「実家戻れとか、戻りたいわけないだろと思ってイライラしてたけど、今思えば俺に勉強とか学校とか、そういうの考えてほしかったのかなって、なんとなく気づいたんだ。だから文化祭終わったら、やっぱりバイトしようと思う。兄貴、俺ら食わせるためにすげぇ根詰めてるし、今ならお前が馬鹿やった分金足り無いって言えるし」
苦笑する沖田くんの笑顔は、過ぎた夏空を彷彿とさせる。完全に吹っ切れたような、括られていた糸が断ち切られ軽快に動き出したような、まるで別人の印象を受ける。廊下で怒鳴っていた彼は、消失してしまったみたいだ。
「ひとまず……兄貴の会社にいらない布わけて貰えるか聞いてみるよ。で、布貰えるようなら回収は週末でいいか? その頃だったら、兄貴も家帰ってきてるだろうし」
「うん。あ、そういえばそろそろ当日の当番も決めておきたくて。午前と午後に分けるほかに、委員会とか部活でそっちに行く子もいるから……」
私は、スマホをタップしてスケジュール帳を開く。新着ニュースの欄には、「新たなる猟奇殺人!」と、テロップが流れている。今日もずっとこの話題でもちきりだろう。私は早く犯人が捕まればいいと祈りながら、沖田くんと文化祭の相談をしたのだった。