クラスでは、沖田くんの欠席は風邪として処理されていた。殺人事件については、沖田くんのお兄さんが公務執行妨害で逮捕されながらも確固たる証拠がないことで、名前も非公開だった。そのことについて知っているのは、クラスメイトの中では私と真木くんのみ。
よって何も知らないクラスメイトからすれば、彼の欠席は厄介でしぶとい風邪に罹患したものでしか無く、当然出迎えも暖かくほのぼのとしている。沖田くんは男子達に背中をばしばし叩かれ、他の女子生徒から欠席中のノートを写したルーズリーフを受け取りつつ、こちらへと真っ直ぐ向かってくる。
「え、ウソ、こっちきたっ」
ぴゅっと音でもたちそうなくらい素早く田淵さんが退散してしまう。残された私は、まず「おはよう、大丈夫だよ」とだけ言葉を返した。
「昨日のメッセ見た。買い物ありがとな。それであとは内装と衣装か……」
「あ、衣装は田淵さんがいい工場教えてくれたの。ね、田淵さん」
ささっと離れ、ロッカーで荷物の出し入れ――をするふりをしていた彼女に声をかける。工場についてまだわからないことはあるものの、情報を教えてくれたのはありがたいし、少しは田淵さんの恋心に報いたい。
「ありがとな田淵!」
「別に……あ、あとそれと、確定とかじゃないから、電話して聞かなきゃわかんないし」
田淵さんは、顔を赤くしながら教室を出ていっってしまった。不思議そうに眉を動かした沖田くんは、今度は真木くんに視線を移しながら、私の前の席に座った。
「また真木寝てんのか……ってか本当にさんきゅな。文化祭のこと任せっきりで……今日からはとりあえず普通に学校来れるから、文化祭も園村が頑張ってくれた倍働くわ」
学校に、平常通り戻れる。それは沖田くんの生活が変わったことを示しているはずだ。私の様子を窺う視線に何かを悟った彼は、声を潜めて呟く。
「兄貴、今週中に戻ってくるかもって」
「ほんとう?」
「ああ。完全な証拠出なかったのもあるけど、新しく起きたろ、事件。それで犯人違うんじゃないかってなったらしくて」
新しい事件が起きたことで、沖田くんのお兄さんは救われたことになるのか。でも、元々犯人が事件なんて起こさなければ、沖田くんのお兄さんが捕まることがなかったし、人だって死んでいなかった。そう考えると、複雑な気持ちになる。
「正直、最低だとは思うけど新しい事件が起きてほっとした。弟や妹にも、ずっと嘘ついてるわけにもいかないし……」