人々が終止符を打っていた連続殺人事件の被害者が新たに出たことで、ネットやテレビで恐怖が帰ってきたその日。

 真木朔人はスマートフォンも持つこと無く、深夜、ふらりと一人で自宅を後にした。秋もその姿を潜ませつつある寒さは、肌を刺すような痛みを伴うものだが、真木は気に留めることもない。足取りは気怠さを纏うこと無く規則的で、機械的だ。

 月も無く光を全て飲み込んだ夜空から抗うようにそびえ立つ街灯をいくつも通り過ぎた真木は、やがて、少し前までは夕焼けに照らされ、身体に呪詛を纏った死体が横たわっていた石畳から、ほんの僅かに離れた場所に立つ。

 数メートル先には警察がかけた立入禁止のテープと、その奥にはブルーシートが並んでいる。テープは暴力的なほどけばけばしい黄色で、ブルーシートも外部を遮断するため、隙の無い青色だったが、月明かりでその彩度は曖昧だ。

 真木はブルーシートの隙間から、東条や園村芽依菜の母親が捜査にあたっているのを観察し、ただ眺めている。その目つきは獲物を狙う鷹そのもので、鋭く、瞳には確かに怨嗟がこもっていた。

「そろそろ復讐も終わりかな」 

 真木はぼそりと呟いて、その場を後にする。行きと帰り、まったく変わらぬ歩幅と速度で帰ってきた彼は、部屋に戻るとデスクライトのみをつけ、引き出しからジップ付きのビニール袋を取り出した。そこには少し湾曲した毛髪が三本ほど入っており、じっと眺めた後カーテンを閉めきった部屋の向こう、園村芽依菜の部屋の窓の方角へ顔を向ける。

「芽依菜、文化祭ちゃんと出来るといいね」

 返事が帰ってくることなどありえないと理解した上で、真木は芽依菜に声をかける。そして、持っていた袋をまた引き出しに戻したのだった。