沖田くんが、私のお母さんが警察関係者で、沖田くんのお兄さんを捕まえた側の人ではあるし、彼にとっては敵かも知れないけど、この部屋を見ているとあまりに大変そうで、私は彼のお兄さんについて切り出した。

「沖田くん、絶対今、大丈夫な状態じゃないよね……? お兄さ……」

「その話するなら、ベランダでいい? 弟たちには、まだ話ししてないんだ。仕事で忙しくなって、泊まりって言ってるから……」

 苦々しい声で制止され、私は慌てて口を噤んだ。私は真木くんに二人を見てもらうようお願いして、沖田くんとベランダに出た。

◇◇◇

「実はさ、俺らの両親もうずっと前に死んでるんだよね」

 ベランダに出て、沖田くんは外側から窓を閉めた。完全に日が暮れて冷えた寒空に喉が詰まる。震える手を隠しながら、私は彼に顔を向けた。

「え……じゃあ、もうずっとここでお兄さんとかと暮らしてたの……?」

「うん。親戚とかさ、じいちゃんばあちゃんとかも、頼れる感じじゃなくて」

 頼れる感じじゃない。それは、もしかして虐待とか、そういうのでは……。不安げな顔をした私を見て、なにを考えたのか分かったらしい沖田くんは、「あっちは俺らのこと、育てる気まんまんだよ」と、首を横に振った。

「ただ、なんつうか……、俺らはあっちで生活するの、きついんだ。園村……刑事さんたちと親しかったよな? だからもう知ってるんだろうけど、宗教で、うち」

 お母さんから、そんな話は聞いてない。それにお母さんが知っていても、絶対に言わないだろう。でも、きっと話し辛かったことだろうと、私は彼の言葉を否定できなかった。彼はそのまま、相槌を必要とせず話を続ける。

「あっちは、家は兄貴に継がせたい感じだった。でもあいつ、高校卒業したら姿眩まして……そのまま二年くらいいなくて。去年突然戻ってきたんだ。それで、家に何言ったか分かんないけど、勝手に俺らを引っ越しさせて……」

「それは、沖田くんたちを守るために?」

「分かんねえ。あいつ、何も言わない。全然家にいないし、金だけ渡してきて、かと思えばまた家出てってしてて……前と全然目つき違うし……」

 沖田くんを取り巻く環境は、およそ一人で受け止めるべき状況ではない。絶対に、大人が必要だ。でも、彼に一番近い大人は今、逮捕されている。そして他に頼れそうな大人の選択肢が彼にはない。

 過酷すぎる状況に、私は何も言えなくなった。彼を大変だと思う。でも、その痛みを代わってあげることは出来ないし、ヒーローみたいに劇的に助けられるわけでもないのに、安易な言葉を紡ぐのは無責任だ。ただ自分が心配したという証拠が欲しいだけな気がして、何も言えない。