「ありがとうございました。失礼致します」
私は職員室を出て、そのまま廊下を歩き、美術室のある西側へと向かっていくと、ぽんと肩を掴まれる。
「きゃっ」
私はあまりに驚き、悲鳴を上げてのけぞってしまった。心臓がばくばくしながら振り返ると、だいちゃん先生が驚いた様子で立っていた。
「わりい、驚かせるつもりはなかったんだが」
「あ、こちらこそごめんなさい……大きい声出しちゃって……」
「それよりどうした? こんなところで。この先は美術室以外無いぞ?」
「えっと、沖田くんについて聞きたいことがあって……」
さっき、驚きすぎたせいか気持ちが悪い。俯きがちに答えると、先生は時計を確認して美術室を指差した。
「授業の準備しながらでいいか?」
「はいっ大丈夫です」
美術室に入ると、だいちゃん先生は黒板の横にある扉を開け中に入ってしまった。美術室と美術準備室はつながっており、先生だけが行き来していいという決まりは、美術の授業の一番最初のオリエンテーションで聞いた。美術準備室の中は教材はもちろんのこと、先生がテストの問題用紙を作ったり、テストの採点をするのにも使っているらしい。私は少し扉から離れて立ち、美術室の中を見渡した。
中は教室を半分に分けるように、大きな長机が二つ置かれている。壁には賞を取った生徒の絵がかかっていて、教室の後ろの方には作品を乾燥させる棚や、美術部の人が描いて置きっぱなしになっているらしいイーゼルが立てかけられていた。
まるで教室後方を守るように並ぶ絵を眺めていると、その中に先生の描いていたらしい絵がある。この間はB5くらいの、数学や生物のノートと同じサイズだったけれど、今回のは人ひとりが横になったくらいの長さがある長方形のパネルに、アクリル絵の具で描かれていた。
「あ、それか? この間のは試し描きで、それが本描きなんだ。でかい絵描く前は、小せえのにラフ描いて色とか試しで見るんだよ」
先生が隣に立った。真っ黒な……それでいて青っぽい背景には、うっすらと金地の蜘蛛が描かれ、中央には天へと手を伸ばす着物姿の女の人がいる。着物は赤地で極彩色の花々が咲き乱れていて、それも目を惹くけれど、一番目立つと思ったのは女の人の肌だった。