「あ、メニューとか、全然そっちで決めていいから」

 沖田くんと仲のいい男子がばっと手を上げて、空気を変えるように笑った。

「そーそー、去年うちのクラス皆の意見聞いて変なのになっちゃったしね」

 そう言って頷くクラスの子の瞳には明らかな落胆が混じっている。沖田くんが気まずそうに、「えーっと、とりあえず今日はアリスでいいかってだけだから、また予算について今日みたいに話するな」と、締めくくると、やがてクラスはいつもの雑談へ戻っていった。

「ごめん、沖田くん」

「いや、俺も文化祭委員だし。つうか園村なんか後から入ったわけだし、謝んないで」

「でも、沖田くんは忙しいはずで――」

 言いかけて、私は口を閉じた。教室では、絶対触れられたくなかった話題のはずだ。気まずさに視線を落とすと、「ちょっといい?」と沖田くんに廊下へと促される。一度真木くんの方を見ると彼は寝ていて、机に吸い寄せられるように伏せていた。目を離しても、怪我をすることはないはずだ。少し安心してから、沖田くんと共に廊下へ出る。

「えっと、園村の親って、刑事――なんだよな?」

 教室から出て、少し歩いたところの階段の踊り場で、沖田くんは周囲を確認しながら尋ねてきた。頷くと、「そっか」と言ったきり、何か言ってくる気配はない。クラスの人たちにバラされることを心配されているのだろうか。

「クラスの人に言ったりしないよ。捜査のあれこれは言っちゃいけないって、決まってるし」

「それは助かるんだけど……あの、兄貴のこと、気にしなくていいから」

 まるで予期していなかった言葉に、私はあからさまに戸惑ってしまった。お兄さんと怒鳴り合うみたいな電話をしていたし、気にしなくていいというのもあながち強がっているようには見えない。

 これではまるでお兄さんに対して嫌悪を抱いているみたいだ。そういえば昨日、両親とは連絡が出来ないということを言っていた気がする。沖田くんには、なにか、複雑な事情があるのだ。

「……わ、私は、その、誰かの家庭環境に首を突っ込んだりとか、そういう気はないから安心してほしいというか……」

「違う、そういう意味じゃなくて。俺のこと心配しなくてもいいってこと」

「え?」

「なんか今日、心配もろに出してる顔で見られたから。そんなんじゃクラスの奴ら誤解するだろうし、真木も気にするだろ」

「あ、ああ。ごめんね。確かに私が沖田くんのこと見てたら、沖田くんになにかあるって思われるよね、ごめん……」

「それも違う。園村が俺のこと好きとか、俺が園村のこと好きとか、そっち系」

 そこまで言われて、ようやく意味を理解した。先週、クラスの子が特定の男子にしか物を貸さないとかで、なんだか色々噂されていた。そんなこともあるわけだから、変な動きをされていたら誤解されるだろう。