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真木朔人は、隣人であり幼馴染でもある園村芽依菜が自宅へと帰っていくのを見送ると、その姿が消えるのを待って自宅へと帰っていった。その足取りは酷く軽く、虚ろだった視線にも意思がやどり、気怠げだったリュックの背負い方すら変わっている。
彼の両親が購入した5LDKの玄関に繋がる廊下は、明かりが灯されていないことで、闇へと続くように伸びているにも関わらず、そんな暗所を転ぶこともなく、昼間とは打って変わってすいすいと真木は歩いた。
朝に体操着を落とした手つきとは打って変わって、平然と手洗いを済ませると自分の部屋へと続く階段を登る。ポケットからリングにいくつもの鍵がつけられているキーケースを重怠そうに取り出して、特に迷うこともなく鍵を選び、部屋を開けた彼は、デスクに座ってパソコンを起動させた。
パスワードを打ち込み、網膜認証を経てようやくログイン可能となったそれで、いくつかのアプリを開いた後、写真フォルダを開く。
パソコンに表示された画面には、見るも無残な姿の男性や、血なまぐさい殺人現場の画像が並ぶ。およそ人だったものが、朝に出されるゴミのように詰められたもの、目玉に損壊が見られる八十代の男性、そして、オレンジジュースが散乱した車道に、懺悔させるように伏せた男の姿。
それは、紛れもなく巷で話題になっている猟奇殺人事件の死体の画像だった。やがて彼は溜息を吐いて、家の玄関や、壁、庭先の映った画面を開いた。そこは紛れもなく、彼の隣に住まう園村家の玄関先や庭を写した映像で、夜間、泥棒でもいなければ通ることもない場所を映し出している。
その後、彼はまた別のシステムを起動させ、園村芽依菜のトークグループのアカウントを、淡々とした眼差しで眺めた。そこには、先日沖田が芽依菜に対して送ったトークの形跡が表示されている。
真木は頬杖をついて、じっくりとトーク履歴を眺めた後、窓際のカーテンを見つめた。ぴったりと閉じられた布と硝子の向こうは、園村芽依菜の部屋のベランダがある。
彼の両親がここに引っ越してくる時、「隣人の部屋の距離の近さ」について、不動産屋は何度も確認した。それは真木家がこの家に目星を付ける前、資料だけで契約手前までいった夫婦が隣人との距離の近さに気づき、不動産を詐欺師だと罵り、揉めたからだ。
こんな距離が近いなんて聞いていない、隣人がおかしい人間だったらどうするんだ。騒音だって問題があるだろう。夫婦の言い分は妥当と判断され、契約はすぐに取り消された。
以降、真木たちがこの家に越してくるまでの間、部屋と部屋の距離の近さによって、ずっとこの家は家主を失っている状態であった。そんな、いわく付き扱いをされている窓とその先を見つめ、真木は「めーちゃん」と、聞こえるはずもない幼馴染へ声をかける。
「ずっと、俺が見てるよ。だから、安心してね」
そう呟く言葉通り、真木のパソコンのホーム画面は、彼の隣人である園村芽依菜の写真で埋め尽くされていた。