沖田くんが昨日言った、「明日の朝、話しような!」というのは、登校してきてホームルームが始まるまで話をするのではなく、いつもの通学よりはやく学校に来て話をしようというものだ。真木くんがついて行くと言ったから、心強さを感じると同時に、「朝、真木くん起きられるかな……」と不安も抱いたけど、真木くんはむしろ私を起こしてくれて、特に問題なく学校に来ることが出来た。

 廊下の壁には、すでに文化祭で行われるミスコンや、バンド、告白大会などの参加者を募集する張り紙や、美術部の展示のポスターが貼られていて、ところどころ集めたダンボールも置かれている。お化け屋敷を出し物に選んだクラスかもしれない。去年、隣のクラスが大型のお化け屋敷をするからと、たこ焼きをやるうちのクラスにまでダンボールを回収に来ていたこともあったし、早めに集めているのだろう。

「真木くん、童話喫茶でやりたいモチーフってある?」

「うーん……なんだろう。美味しいのがいい……」

 真木くんは大きな欠伸をしながら、ふらふらした足取りで歩いていく。もう少しで教室に着きそうというところで、何か物々しい声が聞こえ、私と彼は足を止めた。なんだか怒鳴るような声に様子を窺うと、教室の前で、沖田くんが誰かと電話をしているようだった。沖田くんは怒っているらしい。険しい顔付きで語気を荒げている。

「だから……いつになったら帰ってくる気だよ!」

 沖田くんはいつもクラスのムードメーカーで、イライラしている男子がいたら率先して話しかけるような、そんな生徒だ。今まで大声で笑ったり男女問わずふざけたことを言って、先生に怒られている姿は見たことがあるけれど、怒っている姿は見たことがない。びっくりして真木くんの腕を掴む。

「最近、ずっと朝帰りしてるよな。隠してるみたいだけど、全部分かってんだよ」

 沖田くんは悔しそうに「お前、そのうち刺殺されても知らねえから。つうか、お前が犯人なんじゃねえの?」と、吐き捨てるように言って電話を切る。あまりに荒々しい態度で驚いていると、彼はこちらに振り向いた。

「あ、えっと園村と――真木、おはよ」

「おはよう沖田くん」

「おは……」

 沖田くんはばつが悪そうにしながらも、手を上げてこちらに近付いてきた。「早いな」なんて言いながら、頭をかいている。言葉を選んでいると、後ろから「早いなーお前ら!」と、とても大きな声が響いた。

「お? 驚かせたか!? 悪い悪い。なんだ? 文化祭で何か決めるのか?」

「えっと、童話喫茶でどんな絵本をモチーフにするか決めようという話になって――……」

「そーかそーか! ならこんな廊下突っ立ってないで座って話しろよ。教室開いてただろ?」

 だいちゃん先生は不思議そうにしながら、布をかけた薄い箱のようなもの――パネルか何かを抱え、大股で歩いてくる。「先生は……?」と沖田くんが尋ねると、先生は「俺は朝の教室で絵を描くのが好きなんだ!」と、右手で持っていた筆と水入れを揺らした。水入れの中には絵の具もいれているらしく、一つこぼれ落ちた。

 色の名前も書いてない絵の具を、真木くんはさっと拾って先生に渡す。

「せんせ、どうぞ……」

「悪いな真木! ありがとう!」

 だいちゃん先生が教卓にバンッと絵の具や水入れ、筆を置いて、ガタガタと音を立てながら絵を描く準備を始めていく。色とりどりの絵の具たちは、私たちが美術の授業で配られた十二色よりずっと多くて、鮮やかに見える。けれど先生はそれらをパレットに出すこと無く、「で、どうするんだ? 童話喫茶」と、私たちに振り向いた。