「ねー……そっちいってもいい? 今めーちゃんひま?」
「うん。大丈夫だけど……」
真木くんは、「おっけい」なんてゆるい返事をすると、ベランダの手すりによじ登り、こちらにさっと渡ってきた。ベランダのサンダルを履いているから滑らないかひやひやするけど、お互いのベランダの距離は近く、小学生でも簡単に行き来できる近さだ。
真木くんが越してくる前、家が建って誰が越してくるんだろうとわくわくしていたけど、しばらく空き家だったのはこれが原因だったのかな……と、なんとなく思う。
「よっと」
真木くんは私の部屋のベランダでサンダルを脱いで、「お邪魔します……」と部屋に入ってくる。こちらのカーテンを閉めるとき、真木くんの部屋から、本棚が見えた。そこには数学や物理学の参考書が並んでいて、そのどれもが高校生ではなく、大学生以上、研究者を対象にした難しい本だ。
真木くんが脱力し、面倒くさがりに変貌していくにつれ、彼は数学への関心を爆発的に持つようになった。難しい証明をしたり、難しい数式の本を読んだり。彼の部屋にある本について、私はまったく理解できないし、彼が本当に理解しているのかも、よく分からない。
数学の試験は、毎回彼はケアレスミスを連発し、数学の成績は平均よりちょっと下に落ち着いている。他の主要教科は、基本赤点ぎりぎりだ。
どうして、こんなにも二面性のある状態に真木くんが陥ってしまったのかと言えば、彼が幼少期、ある事件に巻き込まれたことに起因している。彼は犯罪事件――誘拐事件に巻き込まれたことが原因で、心を壊し、人が変わってしまったのだ。事件以降、彼は極度の面倒くさがりに変わり、言動も幼く注意力も散漫になり、ぼんやりした真木くんに変わってしまったのだ。
そして、それはすべて私のせいだ。