「石倉葉! 全身全霊をかけて今日から勉強しまっす!」
去年の運動会で使った白いハチマキを頭に結んだ僕は、朝の教室で声高らかに宣言する。
高校最後の夏休みが終わり、新学期が始まった。徐々に秋めいてくるという例年の流れを無視して、新学期と同時に訪れた突然の秋。夏休み最終日までは暑くてしかたなかったのに、翌日にはガクッと気温が下降した。
「お、心境の変化?」
スマホ片手に、椅子にもたれるようにして座る拓実の言葉に、僕は鼻歌交じりに答える。
「うん。親のためにもね」
陸上部でインカレ出場経験を持つ叔母──いや、母との約束だ。
あの夜以来、僕は叔父さんのことを「お父さん」、叔母さんのことを「お母さん」と呼ぶようになった。正直照れくささもあるけれど、ふたりがあまりに嬉しそうにしているので今更戻すわけにもいかない。
それまで遠慮をしていたのは、僕も両親も同じだったみたいだ。少しずつ、だけど確実に、僕たちは本音で向き合うことができるようになっている。
「母親がさ、大学には進んでほしいって言うからさ。やりたいことがないなら、大学に行って色々なものを見てほしい、って」
そのときにしか感じられないことや見られない景色が必ずあるから、と、母は真剣な顔をして言っていた。それから、寂しくなるからできれば家にいてほしい、とも。
「本当、近くにいても気付かないことってあるものだよな」
全部、胡桃の言う通りだった。一緒に住んでいたとしても、言葉にしなくちゃ伝わらないことはいっぱいあった。そしてまだまだ、言葉にできていないこともたくさんある。一気には無理でも、少しずつそれを伝えていけばいいのだろう。
「俺てっきり、葉ははやく大人になりたいから働く道を選んだのかと思ってた」
「働くのが大人になることだ、って考えが短絡的だったって気付いたんだよ」
「そんなまともなこと言うの、葉らしくないな」
教室に入ってきた胡桃と莉桜に、「葉がおかしくなったぞー」と拓実が声をかけて、僕がそれに「おい‼」とつっこむ。ケラケラと笑う胡桃と莉桜。
僕は今日、みんなが揃うのを心待ちにしていた。
「あのさ、ちょっとみんなに提案したいことがあるんだけど」
二学期が始まって、僕たちの生活はより一層受験に向けたものとなるだろう。放課後に海沿いの広場でいつまでもしゃべったり、休みの日になんとなく集まったり、そういう時間も少なくなっていくはずだ。
四人で過ごすこの日々のタイムリミットは、あと少し。
「卒業式の日、みんなで朝日を見ないか?」
当たり前の毎日にも終わりがあることに、僕たちは気付いている。その最後が卒業の日であるということも。
だからこそ僕はその日の始まりを、三人と一緒に迎えたかった。この先ずっと、それぞれの心に残る瞬間を切り取りたかったのだ。
「朝日……」
「みんなで、ね……」
彼らは顔を見合わせると、一様になぜか照れくさそうな表情を浮かべる。ザ・青春っぽい感じがするのかもしれない。だけどなんかいいじゃないか。節目の日に、大事な仲間で朝日が昇る瞬間を迎えるなんて。
「うん、すごくいいと思う」
最初に答えたのは、やっぱり胡桃だった。
「約束!」と小指を立てる彼女に、僕は自分のそれを絡める。そこに莉桜が重なって、最後に拓実が加わった。
僕たちはこれから徐々に大人になる。それに伴い関係だってきっと少しずつ変わっていく。だけど今のこの時間が、僕らの過ごすかけがえのない時間が、永遠にみんなの心に残るように。